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2009年6月

500円玉貯金

一昨年の6月から500円玉貯金を始めた。財団法人ロータリー米山記念奨学会に1年間で10万円を寄付するためである。
 私が富山西ロータリークラブに入会したのは1986年の12月。そして、初めてロータリー米山記念奨学会に寄付したのが、記録によれば1996年4月だった。寄付金額は30万円。大口寄付者は米山功労者として表彰されるのだが、当時は30万円が表彰基準だった。その頃の私は米山奨学制度の名前は知ってはいたがさほど理解があったわけではなく、どんなきっかけで寄付したのか覚えていない。
 次に寄付したのは、2002年の5月。私は1997年6月に富山西クラブから現在の富山みらいクラブに移籍し、2001―2002年度に2610地区(富山県と石川県のクラブで構成)のロータリー米山記念奨学会委員会の委員長に任命された。地区米山委員長は3年間連続して務めることになっていて、私は委員長の3年間は毎年寄付しようと思った。表彰制度が1996年7月に変わり、10万円から表彰されることになっていたことも寄付をしやすくさせてくれた。ロータリー年度は7月1日から翌年の6月30日までなので、2002年の5月は地区委員長1年目の終わり頃だったのである。 
 私の次の委員長が1年目の2004年秋に病に倒れ、私は2006年6月までさらに2期、地区米山委員長を務めた。連続で委員長を務めたこの5年間に、私は奨学生の世話クラブが富山大学や金沢大学などの学生が住む富山市、高岡市、金沢市やその近隣の市に所在するロータリークラブに限られていたのを遠距離のクラブにも広げ、また、米山奨学事業の意義を地区内のロータリアンに熱心に語ることによって、米山奨学制度に対するクラブやメンバーの理解を深め、他の地区が寄付金額を減らす中で当地区の寄付金額を伸ばした。さらに最終年度には、懸案であった地区米山学友会(奨学生のOB会)を設立した。多くの奨学生との交流を通して彼らを支援することの意義や国際平和に貢献するロータリーの米山奨学制度の素晴らしさを知った私は、「米山に関わらなかったら、私にとってロータリアンであることは単なるステイタスシンボルに過ぎなかっただろう」と語るまでになり、ロータリアンであり続ける間は毎年寄付しようと思うようになっていた。 
 このところずっと毎年6月に寄付を実行しているが、10万円を一時に捻出するのはなかなか苦しい。そこで、私よりロータリー暦が短いのに私より累計で10万円多く寄付をしている同じクラブのMさんが表彰を受けたときに語った寄付のコツ「500円玉貯金」を真似することにした。一昨年6月から500円玉貯金を始め、昨年の6月には確か8万円あまり溜まった。翌2008−09年度は、500円玉のお釣が来るように前年より以上に意識して支払いをした。たとえば、300円の買い物では100円玉が3枚あっても千円払ってお釣に500円玉が混ざるようにする、700円のランチチケットを買うときは自販機に千円札の他に200円を投入し500円玉のお釣が出てくるようにするのだ。この効果があって、6月初めに貯金箱を開けて数えたら91,500円溜まっていた。6月12日に貯金箱を銀行に持って行って預金し、即10万円払い戻して、その日の内にロータリークラブの事務所に届けた。累計で110万円になった。 
 翌日から09−10年度のための500円玉貯金が始まった。先ほど貯金箱を覗いたら10枚入っていた。6月12日から今日21日までちょうど10日間だから、毎日1枚500円玉をゲットしたことになる。昨年は91,500÷500=183で365÷183≒2だから、2日に1枚の割合で500円玉をゲットしていたことになる。こいつぁ初夏から 幸先(さいさき)いいわぇ(歌舞伎の三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)の名台詞「こいつぁ春から 縁起がいいわぇ」に引っ掛けました)。 

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