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2009年8月

再びバヌアツへ

※下方のスライドショーにて関連写真をご覧いただけます。  
 2006年12月、富山みらいロータリークラブ(RC)のメンバー4人で、南太平洋上に浮かぶ島国バヌアツ共和国に出かけた。これは、富山みらいRCの姉妹クラブであるオーストラリアのケントハーストRCが、富山みらいRCと金沢RCからの資金援助も受けて、バヌアツのサント島で建設したベネクリニック(ベネ診療所/授産施設)の視察だった。
 この視察について書いたコラムの最後に「ベネクリニックで会った、私の末っ子と同い年のチョッと恥ずかしそうにしていた、(中略)再会する。可能性はゼロに等しい少女だが、幸せに暮らして欲しいと願う。」と書いた。「再会する可能性はゼロに等しい」とは、再びバヌアツに来ることはまず無いだろうと思っていたからだ。
 しかし3年も経たない今年、8月10日から14日まで再びバヌアツを訪れた。今回の訪問目的の一つは、ケントハーストRCのメンバーがベネからさほど遠くないホグハーバーで行なっているクリニック増築工事を、資金援助するだけで無く実際に手伝うこと、二つ目は、前回の訪問時に現地で会った女性の学校長のパソコンを使いたいという希望に応え、ソーラーパネルと発電装置、そしてノート型パソコン2台を学校に贈り、実際に稼動させてくることだった。
 8月9日(日)の夕方、富山みらいRCのメンバー7人(男性5人、女性2人)とその家族3人(女性会員の夫と私の娘2人)が成田空港を発ち、翌10日の朝ニューカレドニアのヌーメア空港に着く。休憩の後、19:30発の飛行機でバヌアツのエファテ島にある首都ポートビラに1時間あまりで到着し、前回と同じザ・メラネシアンポートビラホテルに泊る。翌11日の朝7:00の飛行機に乗って1時間ほどでサント島の空港に着き、ケントハーストRCで「ミスター ジャパン」と呼ばれている旧知のネイビルさんの出迎えを受ける。島の中心となっている街ルーガンビルにある前回泊ったデコストップホテルに向かい、そこで2610地区(富山県と石川県の66RCで構成)国際奉仕部門の担当委員会の2人と合流。一服してから町に出かけ、ミネラルウオーターとソーラー発電用のバッテリーなどを調達し建設現場のホグハーバーに向かい、着いたのは昼頃。空港でネイビルさんから、建設作業のリーダーが足に重傷を負いオーストラリアに戻ったため、建設が大幅に遅れていると聞いていたが、その通りだった。我々は、モルタル塗りの壁にペンキを塗る予定をしていたが、建物はコンクリートブロックで外壁や部屋が作られ、屋根が組み立てられつつあったものの、屋根を葺くまでには至っておらず、ブロックにもモルタルが塗られていなかった。2日後の13日に行なわれる診療所建設感謝式に出席してから帰国の途に着く予定は完全に狂った。
 昼食は、既設のクリニックの通路に置かれたテーブルの上に、クリニックの周りに住むおばさんたちが作ってくれた、ご飯やタロイモ、野菜の煮物やスープ、牛肉(これは硬かった)など10皿くらい並んでいて、それを自分の皿に取り分けるのだ。一人の女性が盛んに布を振って蝿を追い払っているし、前回の知識で雨水を使っての調理だと分かるので、衛生的に大丈夫かと不安になった。しかし、折角作ってくれた食事を頂かないのは失礼だろうし、腹が痛くなることはあっても死にはしないだろうと覚悟を決めて食べた。娘たちも恐る恐る食べていた。その後12日も13日も同じ場所で同じスタイルでの昼食だったが、オーストラリア人メンバーは、現地の人と同じように、お皿一杯のご飯にいろんな具を載せて食べていたのに、3日間の昼食を全て日本から持ってきたカレーライスや牛丼などのインスタント食品で済ませた日本人メンバーもいた。
 ここでの2泊は、建設現場から車で15分ほどの海岸縁にあるロンノックビーチリゾートで、ヤシの葉で屋根を葺いたロッジに2、3人ずつ泊った。事前の案内書に、シャワー、トイレは共同でシャワーは水と書いてあったが、我々が泊ったロッジにはシャワーとトイレがついていた。電気は自家発電なので夕方5時半頃から夜10時半までしか電気が来ず、懐中電灯を点けてトイレに行った。ベッドには蚊帳が吊ってあり、渦巻き型の蚊取り線香が備えてある。
 初日の夜中にヤシの葉の屋根を叩くものすごい雨音で目が覚めたが、朝も土砂降りが続く。トラックの助手席に、持ってきた山ほどある古着のTシャツを乗せ、我々は荷台でずぶ濡れになりながら学校に出かけた。照明が点いていない薄暗い教室に先生と200人あまりの小中学生が待っていた。みらいクラブの会長から校長先生にパソコンを贈呈し、前日に設置したバッテリーからの電気でパソコンを動かした後、小さな女の子に浴衣の着付けをしたり、折り紙の鶴や手裏剣を教えたりして交流した。私の次女は、同い年の女性の先生のしっかりした話し振りや黒板に書かれた需要と供給の関係の説明に感動し、長女は、電灯も点かない暗い教室で、個人持ちではなく毎年引き継がれる教科書を使って勉強している生徒達に、自分ももっと勉強しなければいけないと思ったと私に語った。
 翌日、クラブのメンバー2人と再び学校を訪れた。私は校長先生に日本紹介の英語の本を贈り、他のメンバーは電気関係の調査をした。男女それぞれ40人が暮らす2棟の寄宿舎があり案内してもらったら、バッテリーが壊れて蛍光灯が点かない暗い室内に、2段ベッドがぎっしりと並んでいた。生徒たちは前日着ていたお揃いの制服ではなくTシャツ姿で、先生方もラフなTシャツや現地の柄の普段着であった。
 2回目のバヌアツの旅で私が一番印象に残った事は、3年も経っていない間の変化である。前回乗ったり見たりした車はほとんどがポンコツ車だったのに、今回は最新型の新車が走り回り、交通量も明らかに増えていた。街中だけでなく建設地のホグハーバーでも、先生や看護師さんが携帯電話を使っていた。帰国の途に着いた14日は首都ポートビラの街を歩いたが、道端には空き缶などが捨てられていた。
 今回のバヌアツ訪問でも、道ですれ違えば微笑みながら「ハロー」と声をかける人なつっこい国民性は一緒だった。しかし、文明の発達が、数年先には豊な自然だけでなく、自給自足で貧しいけれどもつつましく生きる素朴な国民性をも失わせていくのではないかとの危惧を感じた。



【バヌアツ視察の様子】

コラムの記事で書かれている関連写真をご紹介します。

バヌアツに着いて、ほっと一息

舗装されていない道を行く

荷台にゆられて・・・

ようやく到着

ボグハーバーにて

ボグハーバーにて

建設中のクリニック 

コンクリートブロックで外壁や部屋がが作られ、屋根はまだ葺かれておらず、

建設感謝式には間に合いそうもない。

クリニックの周りに住むおばさんたちが作ってくれた食事

ご飯、タロイモ、野菜の煮物やスープなど、たくさんのもてなし。

もてなしの食事

ご飯、ビーンズ、牛肉もあります。

貴重な雨水

貯水タンクからの水は食事を作るのにも利用されている。

ロンノックビーチリゾート

ヤシの葉で屋根を葺いたロッジ

持参した古着のTシャツ

学校の薄暗い教室にて

教室にて自己紹介

浴衣の気付

うまく着られるかな?

浴衣、似合ってる?

初めての浴衣に、女の子も満足の様子。

いっしょに折り紙

こうやって・・・ここを折るんだよ。

ここを、こうして折って・・・

電気関係の調査

8月11日 昼食後子供たちと

8月13日 紙風船で遊ぶ

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