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2010年3月

公平、公正、平等、そして一律

 私は、アイバックの小沢社長が主催する勉強会に20年以上参加しているが、小沢さんは昭和47年に渡米し、ハーバード大学を修了してから米国企業で働き、昭和58年に帰国して昭和61年にアイバックを設立された。その小沢さんの英語力にはいつも感心させられている。その小沢さんも私もロータリアン(ロータリークラブ会員)であるが、以前の勉強会で、ロータリーの「四つのテスト」について、3箇所で日本語訳が間違っていると話された。
 そのひとつが、このテストの2番目の「みんなに公平か? Is it FAIR to all concerned?」で、公正FAIRと平等EQUALは違うのであり、FAIRは「公平」ではなく「公正」と訳すべきだと言うのである。それを聞いて私なりに、なるほど英語の「フェアプレー」は、訳すなら「公平プレー」ではなく「公正プレー」であり、正々堂々と戦うことだと合点した。そして、このコラムを書くに当たって、田中毅パストガバナー(2680地区の元ガバナー)が、ご自分のウエブサイト「ロータリーの源流」の中の「炉辺談話」(284)に書いておられる「「四つのテストの解釈」を見つけた。そこには「FAIRとall concernedという言葉の翻訳には問題があります。Fairは公平ではなく公正と訳すべきでしょう。公平とは平等分配を意味するので、例え贈収賄で得たunfairなお金でも平等に分ければ、それで良いことになります。(後略)」と書かれていた。
そこで、念のために私の電子辞書の国語辞書「大辞林」で公正と公平を調べると
【公正】かたよりなく平等であること。公平で正しいこと
【公平】かたよることなく、すべてを同等に扱うこと。主観を交えないこと
とあった。これならば、公正でも公平でもさして変わりが無いのではないかという意見もあるかと思うが、私は小沢さんや田中パストガバナーが言われるように、ここは公正であるべきだと思った。というのも、平等というニュアンスで公平が使われることが多いと感じているからだ。この考え方で世の中の規則や政策を見ると、公正ではなく平等に重きを置いた最たるものが、今国会で審議されて月内に成立する「子ども手当」だと思う。
 この子ども手当は、15歳以下の子どもの保護者に毎月2万6千円を支給するというもので、対象者は1375万人とのこと。財源、経済効果、受給対象外など様々な問題が指摘されているが、私が一番問題だと思うのは、実施する時の問題ではなく、子育て支援と称して、対象者の保護者に一律にお金を支給するという発想そのものである。子どもを餓死させる鬼の様な親に支給されたお金は、どう考えても子育てには使われないであろう。この不況で収入の減った家庭では生活費の補填に回るだろう。自民党政権時代に全国民に対して「定額給付金」という愚かな政策が実施されたが、これを思い出す。人気取りのために、「公平」という名の下に15歳以下の子どもの保護者に「平等」に「一律」にお金をばら撒いているだけである。
 同様に、公立高校授業料無料化もおかしな話だ。高校教育は義務教育ではない。どんな習い事でも、習うにはお金がかかるものだ。それをただにするとは何事か。我が子に高校教育を受けさせたい、やりたがっている習い事をさせたいと頑張って働いて授業料や月謝を工面する親の姿を見て、子どもは感じるものがあり努力するのだ。前述の子ども手当と同様に、親も子どももなまくら者にする政策と思えてならない。
 また、米農家に対する戸別所得補償政策も、訳が分からない。単純に考えても、米が余っているのになぜ米農家だけに所得補償をしなければいけないのか。生産費と農家販売価格の差を補填するというが、ここにも一律の考え方がうかがえる。これでは、頑張って生産費を下げようという意欲が起こるはずがないと思う。これも、農家をダメにする政策ではないか
 「公平に⇒平等に⇒一律に」という発想はおかしい。個人でも、家庭でも、企業でも、地域でも、それぞれ別々の個性があり生き方、考え方があるのだから。
 先日、朝のラジオで、「電機や自動車など大手製造業の春闘一斉回答が17日にあり、定期昇給が確保された」というニュースに対して、この番組に常連のジャーナリストが、「定期昇給は働くものにとって自分の給料が将来どうなるか分かる仕組みであり、経営者が定昇をしないのはとんでもないことだ」というようなコメントをしていたが、これはおかしいと思った。当社は平成18年4月に賃金体系を改正し、全社員に対して「これまでに経験したことの無い厳しい経営環境にある建設業界であるが、当社が建設業者として今後とも生き抜き勝ち抜くためには、年功序列賃金を廃して、有能な人材を幹部に起用することが喫緊の課題である。そこで、従来の賃金体系を改正し、同一労働、同一賃金を基本に据えて、労働の質(能力)と量(成果)に基づく実力に対応した賃金を支給するものである。」と説明した。ここには定期昇給の発想は全く無い。定期昇給とは毎年一定の時期に社員の基本給を上げることであり、1歳年をとったら1年先輩の給料と同額をもらうということである。これはまさに「一律」、「平等」の思想であり、社員一人ひとりの実力は違うのだから、定期昇給はありえないのである。当社では、実力に対する格付けに基づく本給・格付け手当の表が公表されており、自分の将来設計をするには、現在の自分の格付けをどうすれば上げられるのか、そのためにはどのようなスキルを身につけ、どのような態度で仕事に臨むべきかと考えることしかないのである。これが「公正」な賃金体系であると確信している。
 私は、これからは常に「みんなに公正か?」と自問自答しながら経営していこうと覚悟を決めている。

 

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