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2010年4月

コンピューターおばあちゃん

 話を聞いた途端に、NHKの『みんなのうた』で歌われていた「コンピューターおばあちゃん」を思い出させられた女性たちに出会った。
 1981年に初めて放送され、その後もたびたび放送されたこの歌は、「明治生まれという高齢でありながら、かくしゃくとして博学、さらに英語にも堪能な自慢のおばあちゃん(コンピューターみたいになんでもできる祖母)への、孫の敬愛といたわりを歌い上げた佳曲であり、発表時の時代的な通念を織り込んだ歌詞でありながら、世代をこえて愛されている。「コンピューター」は当時、最先端技術であり、それは万能を意味していた:出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」歌であるが、この説明を読んで歌詞やメロディーが懐かしく思い出された読者もいることだろう。
 「コンピューターおばあちゃん」たちに会ったのは、3月23、24の両日、私が富山支部世話人代表として参加した、東京での「新老人の会」拡大世話人会であった。
 「新老人の会」は、1911年(明治44年)生まれで現在も聖路加国際病院理事長をされている日野原重明(ひのはらしげあき)先生が、新しい老人の生き方を追及するために、1、自立と良き生活習慣や我が国の良き文化の継承 2、戦争体験を活かし世界平和の実現 3、自分の健康情報を研究に活用 4、会員がお互いの間に新しい友を求め、会員の全国的な交流を図る 5、自然への感謝と良き生き方の普及の5つの目標を掲げて2000年9月に結成された会であり、現在、東京に本部と全国に33の支部がある。
 私は2007年に富山支部が設立された時にジュニア会員(60歳〜74歳)として入会し、頼まれて昨年4月に世話人代表を引き継ぎ、今回初めて拡大世話人会に参加して初日の23日に支部の活動状況を報告した。報告は事前に本部に提出した資料に基づいて行うのだが、報告書はなるべくワープロで作成し、メールに添付して送るように本部から要請されていた。しかし、2支部はFAX送信であり、やや見づらかった。
 私の発表の後が鹿児島支部のおばあさんで、開口一番「私は現在83歳だが、本部からメールで報告するように要請されたので、3年前からパソコンを始めました」と話されたのにビックリ仰天した。資料には、会員を会員別(シニア、ジュニア、サポート)、男女別に分けた人数や平均年齢が記入された表が記載されていたが、合計人数や平均年齢はエクセルで表計算したものを貼り付けたのだと思う。
 夕食懇談会で隣の席に座った方はとても若々しい女性で70歳代だろうと思っていたら82歳とのこと。支部では会報を担当し、会の活動に必要なので今でも車を運転していると言われた。現役で塾を経営していると言われるので教科を聞いたら数学。小中学生に教えているが、塾をやめるのは自分が生徒達より解くのが遅くなった時と言われて、これまたビックリ仰天だった。
 翌日のワークショップでは、86歳のおばあちゃんと一緒のテーブルだった。この方は何と35年前からコンピューターに触っているとのこと。息子さんの一人がIBMに勤めていて、他の2人の息子さんと一緒にコンピューターを手取り足取りで教えてくれたと話される。頂いた手づくりの名刺には小さな花を可愛らしく片隅にカラーで刷り込んであり、Eメールアドレスとホームページアドレスも入っていた。
 とにかく、会議、夕食懇談会、ワークショップで会う人すべてが、今年10月に99歳になられる日野原先生を筆頭に、元気なおじいさん、おばあさん(と言うより、おじさん、おばさん)ばかりであった。
 一方、朝日ケアが運営する老人介護事業所「あさひホーム」でお会いするお年よりは、体が不自由であったり認知症が出たりしている方々ばかりであり、中には「新老人の会」で活動している人より若い方もいらっしゃる。しかし、一人の人間としての尊厳を有する高齢者であることは同じだ。
 私は今63歳。10年後、20年後、さらに30年後、東京の拡大世話人会でお会いした「コンピューターおばあちゃん」たちのように元気一杯で毎日を過ごしているのか、それとも「あさひホーム」を利用されるお年寄りのように介護されるようになっているのか、それは分からないが、どちらにしろ、生きている意味のある日々を過ごしたいと思う。
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