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2001年1月

いちずに一本道 いちずに一ツ事

 1月4日の新年式での挨拶の最後に私は相田みつをの言葉を紹介し、21世紀の当社の経営に対する私の思いを以下のように話した。
 本社やオフィス、工場に掲示してある相田みつをの"こころの暦"に「いちずに一本道 いちずに一ツ事」という言葉が書かれているが、自宅の相田みつをの"トイレ用日めくり"に「いちずに一本道 いちずに一ツ事」に続けて「観音さまに助けられ 仏さまに守られて 曲がりなりにも一本道 迷いながらも一ツ事」と書かれた「道」という詩がある。私は、当社の過去の労災事故や交通事故などを振り返ると、事故直後は重体で死亡や寝たきりも覚悟したのに社会復帰するまでに回復したり、死んでもおかしくない事故だったのに奇跡的に無傷であったりと、神様に助けられたとしか考えられないような社員や第三者の事故を何度か経験した。その経験から、この詩の「観音さまに助けられ 仏さまに守られて」に惹かれる。私は21世紀も迷いながらもいちずに建設業の一本道を歩む、神様に助けられながら。
 このコラムを書くに当たってもう一度この詩を声に出して読み返し、改めて最近の自分の気持ちにぴったりだと思った。私自身のこれまでの人生を省みると、私生活でも仕事でも自分なりにその時その時の課題にあまり逃げたりせずに取り組んできたと思う。失敗したり他人を傷つけてしまったと思うこともあったが、取り返しのつかないような致命的な結果には至らなかった。また、人との出会いにも恵まれてきた。学生時代に出会った友人、社会人になってからの知人・友人・当社の社員、そして妻と4人の子ども達。このように恵まれた人生を過ごし良い出会いに恵まれたのは、それを良かったと感じられる私自身のプラス思考もあるのだろうけれど、何かしらそこにも神の力を感じる。重大事件や事故の回避、解決だけに神の力が注がれるのではないと思うのである。年を重ねると共に「生かされている」と感じられるようになってきたのだろうか。
 次に「いちずに一本道 いちずに一ツ事」。私は大学4年のとき就職活動をするに当たって父に朝日建設の跡を継がなければいけないかと尋ねたが、答えは「継がなくても良い」であった。そのつもりで就職活動をしたが、銀行や商社には行きたくなく、受けたのは大手の建設会社の竹中工務店であり清水建設であった。子供の頃から祖父や父に連れられて工事現場に行った記憶が物作りに関わってみたいと思わせたのだろう。二社とも二次試験の面接で落ちてしまった。親が建設会社の社長で本人が長男という理由であった。さてどうしようかと思っていた夏休みに大学の先輩から電話があり、 「自分は新井組で働いているが、君が建設会社の希望なら社長が東京支店に来るので面接してみないか」と言う。父に話すと「新井組?知らないな。止めておいたら」との事。しかし夜行列車で出かけ社長面接だけで入社が決まった。そして昭和45年から5年間新井組の大阪支店で働き、オイルショックも経験し、建築営業で責任ある仕事を与えられ本当に良い経験を積ませて頂いた。建設産業に身を置いて今年31回目の正月を迎えたが、公共事業に対する風当たりが強まり、経営危機に陥っている建設会社が目白押しの今日この頃である。しかし、生活基盤を作り、生活する機能を生み出し、環境・文化に深く関わり、正に社会貢献出来る建設産業の素晴らしさ、大切さをますます強く感じている。これまでも、何とかしてより世のため人のために役立つ会社にしたいと思って特殊舗装に取り組み、ISO9002の認証取得をし、富山県CC緑化協会を設立した。21世紀の当社を担う若い技術者、技能者も採用してきた。これからも迷うことも多々あろうけれども、建設業の道をはずさずに一所懸命、誠実に経営に当たりたい。 
 

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