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2001年3月

300号

 当社の社内報が今月号で300号となった。昭和51年4月24日に「社内だより」として創刊してから25年間。「よく続けてきたなあ」というのが今の心境である。
 創刊のきっかけは、給料の支給が全従業員銀行振込となり、給料袋の中に給料明細1枚ではあいそも無いということで、私が前に勤めていた新井組の社内報の、名前も内容もそのままに「社内だより」として発行することにしたのであった。今、創刊号を読み返すと、新入社員として3人の名前が載っているが、現在も勤めているのは小沢秀二さん一人だ。また、当時の第1工務所を八尾工務所(現 八尾オフィス)、第2工務所を呉羽工務所(現 資材置場)、第3・第4工務所を富山工務所(現 富山オフィス)と名称変更したことが記されている。原稿作成はタイプライターで、サイズはB5で3ページであった。
 創刊から8年4ヶ月経った100号は昭和59年7月号である。記念号として薄緑色の紙に印刷され、サイズはB5で6ページ。機種は変わったがやはりタイプライターによる作成で、所々に活字ではなく手書きの文字が書かれており懐かしさを感じさせる。特集として退職されていた片山(取締役総務部長)、渋谷(業務課長)、高野(工場長)、谷口(土木部次長)の4人の方から原稿を頂いており、北陸地建富山工事事務所から流杉護岸工事(現場代理人 武内達彦)の表彰を受けたという記事も目につく。
 100号からさらに8年4ヶ月経っての200号は、年号も変わり平成4年11月25日に発行されている。色は会社のカラーのレモンイエロー、サイズはまだB5で11ページ。しかし、もうタイプライターではなくワープロで作成され、100号と同じく、青木(土木営業部長)、関(営業担当)、林(土木工事部長)さんの3人のOBから特集原稿を頂いている。富山農地林務優良工事として、林道牛岳線舗装工事(現場代理人 浦上英幸)が表彰されたという記事や、前年の4月に社長に就任してから私が毎月書き始めたコラム「見たり聞いたり出会ったり」が掲載されているが、この号のコラムでは船井式信頼獲得法(世代別)を紹介している。
 この200号のトップページの私のあいさつ文に、「こうして振り返ってみると、創刊号から第100号までの期間よりも、第100号から第200号までの期間のほうが、ずっと多くの出来事があったように思えます。それは、世の中の変化が年を追うごとに激しくなってきたからだと思います。第300号の発刊は21世紀、西暦2001年3月です。世界はもっともっと大きく変化し、朝日建設も変化の波を楽しみ、変化の波に乗っかりながら、段階的な成長を繰り返し、大きくたくましく変わっていることでしょう。」と書いている。
 この200号が発行された11月の3日に米大統領選でクリントン候補が当選し、4年後の1996年(平成8年)に再選され、今年からは共和党のブッシュ大統領である。1991年(平成3年)12月にソ連邦が消滅し、1999年(平成11年)12月にはエリツィン・ロシア大統領が辞任している。1997年12月には、韓国大統領選で金大中が当選と世界の政治は大きく動いた。しかし、日本では1993年(平成5年)6月、宮沢内閣不信任案が可決され8月に日本新党の細川内閣が誕生したが、その後のゴタゴタは今もなお続いている。まさに20世紀の最後の10年間が失われた10年と言われるゆえんである。
 一方わが社では、平成7年にロータスノーツを導入しての情報の共有化が進み、多くのデータベースが生まれ活用されている。平成3年から始まった女性技術者の採用はその後も計画的に進められ、戦力として育ってきている。平成11年6月にはISO9002の認証をコンサルタントの力を借りずに取得した。昨年は富山県CC緑化協会を設立し、新規事業への取り組みを開始した。振り返るとこのように確かに成長はしていると思うが、変化の波を楽しんだり、たくましく変わったとは言えない。それは、建設業を取り巻く環境がこの数年で私の想像以上に大きく劇的に変化し、21世紀は間違い無く建設業者の淘汰の時代になるのに、そこで勝ち残るには当社の体質は甘すぎると言わざるを得ないからだ。しかし、こんな時代だからこそ、皆さんに奨めている本「チーズはどこへ消えた?」の要点が大きな希望を与えてくれる。それは、"変化は起きる"、だから"変化を予期せよ"、"変化を探知せよ"、"変化にすばやく適応せよ"、そして"変わろう"と決意し、さらには"変化を楽しもう!"、"進んですばやく変わり 再びそれを楽しもう"である。もうすぐ新年度の4月になるこの時、社内報の300号の発行に当たりパソコンでこの原稿を作りながら、改めて変化を楽しむことの大切さを思う。
 

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