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2001年5月

『熱血授業 小島先生の百日』

 5月1日の日経新聞1面下段の「こういう先生と子供の関係はいまでもどこかにあるのだろうか」で始まるコラム「春秋」に心打たれた。『熱血授業 小島先生の百日』という小冊子は、昭和16年の春赴任した21歳の青年教師が3年2組の担任として教壇に立った百日間の教室の物語である。
 終戦を前に南太平洋のペリリュー島で玉砕死したこの青年教師は、ガリ版で手作りの「級報」では父母への連絡とあわせて「暗算競争」の報告で子供達の意欲をかき立てる一方、昼休みには先生自ら「岩窟王」や「塚原卜伝」の講談で熱中させた。「言葉遣いをていねいに」「しまる時とゆるむ時の区別」などの約束を残して去った先生は、出征後も大陸から教え子たちに思いを込めた手紙を送り続けた。読み書きと計算という基礎の訓練と「規律、礼儀、自主」の精神を厳しく優しく指導した青年教師の存在が「その後の人生にどれほどの影響を与えたか計り知れない」と著者の佐藤さんは記している。
 私はこのコラムを読んで、文部科学省が10年ぶりに学習指導要領を改訂して来年度から導入するいわゆる「ゆとり教育」、「総合的な学習」を思った。昨年の2月5日の土曜日、私は"「生きる力」を育むために地域と学校をつなぐ 総合的学習 ワークショップ"に参加し、初めに総合的学習の中心人物と言われる文部省政策課長の寺脇 研氏の基調講演「総合的な学習がめざすもの」を聞いた。学習内容を3割減らし考える力を養うための「総合的な学習」の時間を新たに設け、学校5日制の完全実施で全体としての学習時間を減らしてゆとりを持たせるというような話や、どの学科も平均的な金太郎飴ではなく子供それぞれの個性を伸ばすのが総合的な学習というような講演だった。次に "ワークショップってどんなもの?(総合的学習におけるワークショップの進め方)"という分科会に参加したが、この分科会の参加者はほとんどが教師であった。私は、寺脇氏の講演を聞いて総合的な学習の狙いは分かったが、この分科会に参加するような熱心な先生でもかなり戸惑いが目立った分科会の様子から、総合的な学習が実際に行われても成果があがるのだろうかと不安に思った。その後、「円周率を "3.14"ではなく"3"で教える」や「中学英語の必須単語が500語から100語に減る」などに代表される学力低下論を新聞紙上で読み、教育関係のセミナーやホームページで新学習指導要領の問題点や危険性の指摘を見聞きするにつけ、この「総合的な学習」では「ゆとりと個性重視」は実現されず、ますます学力低下をきたし日本の将来を危うくするとんでもないシロモノだと思うようになった。そして、私の末っ子が来年まだ小学5年生で、この新学習指導要領で小学校、中学校で学習することになるのかと思うと、この子の学力低下を防ぐために私自身が勉強を見てやらなければいけないと本気で思う昨今であったので、小島先生のような「読み書きと計算という基礎の訓練」をしっかりやりながら子供の意欲をかき立てる先生ばかりなら、総合的な学習など全く必要がなく、学力低下を心配することなく一人ひとりの子供の個性も間違いなく伸ばしてもらえるだろうと思った。カリキュラムをいじって教える内容や時間を減らすことより、教師の質を高めることのほうが先決ではないだろうか。
 さらに、当社の社員の規律や礼儀のレベルはまだまだ低いと思っている私は「規律、礼儀、自主」の精神を厳しく優しく指導したというこの青年教師に畏敬の念を抱いた。 家庭や地域で規律や礼儀を人間として大切なものだと教えることが無くなり、自己中心の無作法な日本人が増え続けている現在の日本では、このコラムの結び「教師の熱意と子供、父母の信頼というきずなから生まれた戦時下のおとぎ話だろうか」を肯定せざるを得ないが、経営者に教師としての役割もあると言う言葉を思い出し、私も「規律、礼儀、自主」の精神を厳しく優しく指導出来なければいけないと思った。 
 
 *『熱血授業 小島先生の百日』に関する問い合わせ先
 〒202-0011
 西東京市泉町6-2-20  佐藤 健(サトウ タケシ)
 TEL・FAX 0424-22-8603
 Email:sato123@io.ocn.ne.jp

 この本は、当時小島先生の教え子でありました佐藤さんによる自費出版のため、書店には置いてないそうです。ぜひ読んでみたいなと思った方は、上記までお問い合わせください。

 

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