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2002年6月

書くということ

 今月、私は5本の原稿を書かなければならない。
 締め切り日順に、12日の呉羽高校PTA機関紙「三陵」の巻頭文(550字)、13日の朝日新聞富山版の「随想とやまの目」(900字)、そして、今書いている19日のこのコラム(約1600字)、4番目が25日のロータリーのガバナー月信への「地区委員長挨拶」(約120字)、最後が27日の呉羽高校創立20周年記念誌への「20周年に思う」(約1200字)である。
 書くことが嫌いな人は、「何を書けばよいか分からない」と言い、書くテーマが見つかっても、あるいは決められていても「自分は文章が下手だから」と言う。
 私にとっても自由テーマの執筆は、大変は大変だ。特に4月から、地方版といえども全国紙の朝日新聞に5人の筆者が交代で随想を書くことになってからは、読者が不特定多数ということで、テーマ選びには苦心する。
 4月1日掲載の第1回では、「有難いこと」というタイトルで、当社の応接室にあるデンマーク製のステレオと3組の夫婦とのご縁について書いた。5月13日掲載分では「新学習指導要領」ということで、社内報の4月号のコラムを縮め、4月から実施された新学習指導要領を批判した。6月16日の原稿では、「建設業 淘汰の時代」と題して、建設産業に対する私の思いを綴った。7月28日掲載予定分では、サッカーのW杯大会出場の日本選手と当社若手社員の茶髪を取り上げたい。
 生きていること、生かされていることに感謝し、何にでも興味や疑問を持ち、通り一遍ではなくもう一歩突っ込んで考えていれば、「何を書けばよいか分からない」ということにはならないと私は思う。これはボケ防止にもなる。
 次に「文章が下手」ということであるが、私自身も決して上手いとは思っていない。これは謙遜ではない。このコラムを書き始めた頃は、B5版のせいもあったが、2ページ近くになることもあり、社内報についてのアンケートに「社長のコラムは長すぎて、読む気がしない」というショッキングな感想もあった。それから、1ページしか紙面を与えられなくなったが、「ダラダラと長くなるのは、下手だからだ」と反省した。この点から、文字数を限られること、特に文字数が短ければ短いほど、何度も推敲を重ねることで文章を磨くことになる。朝日新聞の「新学習指導要領」では、元の約1600字のコラムを900字に縮めることで、本当に言いたいことを絞り込むことができた。550字の「三陵」の巻頭文では、提出日の朝、妻に読んでもらい、「読み手にとってどうでもよい」と指摘された部分を早速カットし、書きたいと思いながらも字数オーバーで書けなかったことを書き入れた。我ながら、良くなったと思っている。
 「読み、書き、計算」が学力の基であり、人間にとって大切なことだ。文部科学省の新学習指導要領は、このことを軽視した愚策としか思えない。昨年の11月号のコラム「読書」で、私が読書好きで、書くこともほとんど苦にならないのは、子供の頃、いつも本を読んでくれた母のおかげだと書いた。良い本や文章に接し、字数制限のある作文にプラス思考で取り組むことが、書く能力を高めることになる。
 追加して、原稿の締切日があること。今は21日、朝6時。

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