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2002年8月

新しい知人の話

 お盆休み2日目の8月15日、末っ子のヒロと富山市ファミリーパークでの竹炭焼きに参加した。6月23日の日曜日に当社の桐谷のツインドームズで「ウエイノ」による南米アンデス民謡の演奏会が行われたが、その日に知り合った富山市ファミリーパークの飼育課長のYさんに誘われたのだ。
 この演奏会を開催した女性の話では、以前Yさんが彼女たちの仲間と一緒にドームを利用したときに、「こんな施設を作ろうと思った社長とはどんな人だろうか」と私に興味を持たれたとのこと。私自身はYさんのことを知らなかったが、妻は、上の子供たちが呉羽小学校に通っていた頃に学校で講演を聞いたことがあると言い、当社のKさんも、Yさんのことをファミリーパークで講演している「なかなか有名な人」と話してくれた。それを聞いた私もYさんに興味を覚え、会うのを楽しみにしていた。
 演奏会が終わってから、Yさんが作ってくれた辛めの美味しいカレーライスを食べながら、私は当社の創業50周年記念事業としてドームハウスでの保養所建設を思い立ったいきさつを話し、Yさんは、なぜ富山市のファミリーパークの建設に計画の時から関わる事になったのかを話してくれた。また、小さい時のアウトドアの体験や、息子さんが小学生の時一緒に出かけたシベリアでのアムールタイガーの観察の話など実に興味深い話もたくさん聞かせてもらった。酒を酌み交わしながらのこんな語らいから、これまで知り合った人とは異質の、自由で若々しい精神をYさんに感じた。
 竹炭焼きは、Yさんが生みの親である"市民いきものメイト"という団体が実施した。この団体は園内の自然を保全するために竹林の伐採、伐採した竹での炭焼き、園内の植物マップづくり、野生の蚕(天蚕)の飼育、田んぼづくり等をおこなっていている。
 まず、伐採され二つに割られて束ねられた竹を、窯(かま)の奥から縦に順に並べる。次に、窯の入り口を、のぞき窓と薪をくべる穴を上と下に残して煉瓦と粘土でふさぐのだが、Yさんもまるで子供の様に嬉々として粘土をこね煉瓦を積んでいた。ヒロと私も煙にむせながら興味深くながめたが、炭焼きはこんな風にするのだと初めて知った。
 さて、竹炭焼きから2日後の17日の朝7時半頃、呉羽山中の散策道を散歩しての帰り道、呉羽ハイツから下って梨畑に近くなったあたりの雑木林の中から飛び出し、アスファルト道路を横切って反対側の藪の中に消えた動物を見てビックリ。細長い顔と長いしっぽを一直線にして飛んで行ったのはキツネに違いない。しかし、家に帰って興奮気味に妻に話すと「嘘でしょう」と本気にしない。そこで、知り合ったばかりのYさんに携帯電話で尋ねた。炭焼きを開始してから一人で30分おきに窯の煙突の温度を測ったり炭化の始まりを確認したりで、2日間徹夜で少しボーっとしていたYさんではあったが、呉羽山にキツネはいると言ってくれた。その日の昼、高岡で青年相撲を観戦中の私の携帯にYさんからメッセージが入っていて、キツネを見かけた場所を図示してFAXして欲しいとのこと。お盆休み明けに会社からFAXした後、Yさんに電話したら、5年前と10年前の調査ではキツネは見つからなかったが、園内で糞が見つかっているのでキツネが生息しているのは間違いない、しかし、個体数は少ないだろうとのこと。そうならば、私は貴重な目撃者なのではあるまいか。
 キツネとの出会いは、何だかYさんとの出会いの延長線上の出来事に思われてならない。そこで私も"市民いきものメイト"に入会しようと思う。新しい知人Yさんとの新しい交流が楽しみだ。

 
 

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