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朝日建設株式会社 本社地図
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2003年4月

あさひホームで出会った話

 4月1日、ついに「あさひホーム」が開業した。初日から母もショートステイを利用している。私は毎朝7時半過ぎにホームに出かけ、グループホームに入居している4人のお年寄りと話したり、介護をされながら食事している母の様子を見ながら、介護スタッフに母の前日からの状態を聞いたり、8時半のミーティングに顔を出したりしている。そして朝日建設での仕事を終えてからも、ほとんどホームに立ち寄り、その日の様子や問題点などを聞いてから帰宅している。
 グループホームの入居者の一人に、とても小柄なおじいさんのTさんがいる。話し好きなおじいさんで、やはり話し好きな私はすぐにTさんと仲良くなった。  
 このTさん、大正5年生まれだと言う。最初私は、生まれ年を間違っているのではないかと思った。私の父は大正9年生まれだが、Tさんの方が歩き方や肌の色つやはずっと若々しく、70歳チョットにしか見えなかったからだ。
 Tさんから色んな話を聞いた。3、4回は同じ話を聞いたので、すっかり覚えた。彼は、若いとき朝鮮に出かけ、京城(けいじょう)、今のソウルで、親戚の人がやっていた自動車の部品工場で働いた。そこで徴兵検査を受けたが、体が小さかったので丙種合格だったと言う。私は頭の中で計算して、「昭和10年頃の話ですね」と聞くと、「ウン、その頃やね」との返事。戦後はずっとミシン工場で部品を作っていたとのこと。
 Tさんの部屋にはコタツがあり、私は何度かコタツに一緒に入りながら話を聞いた。コタツの前に置いてあるテレビの上には、亡くなった奥さんの写真が飾ってある。大変良い奥さんであったとしみじみと話される。そして、この部屋からJRの線路を隔てて奥さんのお墓が見えるのだと言う。どのお墓か教えてもらった。なるほど、西向きのガラス戸越しに、奥さんが入っているお墓が目の前に見えた。  
 グループホームの利用申し込みの受け付けを始めた3月に、申込者の中にお墓が見える部屋が良いという方がおられるとスタッフから聞いたことがあった。「変な人もいるものだ」と思ったが、それがTさんだったのだ。
 分家したTさんは5年前にお墓を作った。そして、3年前に奥さんを亡くされた。娘さんの話では、奥さんが亡くなった後、Tさんがたびたび、「母ちゃんが出てきた」と言うので、「お母さんはお墓の中よ」と応えてきたが、この部屋に入居してからは言わなくなったとのこと。Tさんは、毎朝目がさめるとお墓に向かって「かあちゃん、おはよう」と言っているのだそうだ。夜寝るときも、きっと「おやすみ」と言っているのだと思う。
 昨日の午後、お嫁さんが訪ねてきておられた。お嫁さんが帰るのを二人で見送ってから、「良い嫁さんなが」と、Tさんは私を部屋に招き入れた。ガラス戸の横の壁にお嫁さんが先ほどつけてくれたという小物掛けのハンガーに大きな写真が飾られていた。1996年の日付の入った皇居前でのご夫婦の写真であった。一人分ほどの間隔を空けて並んで写した写真は、少しかしこまった表情ながらも楽しい旅行での一こまであると想像させられた。  
 それぞれの人生を生きてこられたお年寄りが、あさひホームに日帰りで、あるいは泊まりで集い、そして住む。そんなお年寄りのお一人おひとりから、これからどんなお話を聞くことが出来るか、それは実に楽しみなことである。
 

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