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2003年10月

親の責任、上司の責任

 私は、7月から富山経済同友会の第三次教育問題委員会の委員長に就任したが、過去5年間の委員会の活動を引き継いで、新メンバーで構成されるこの委員会も家庭教育に取り組んでいる。そこで、新年度のスタートの活動として富山市内の中学校の校長先生と委員会メンバーとの意見交換を計画した。それは、6月から7月にかけて、沖縄での集団暴行致死、長崎での男児誘拐殺人、東京での小学6年生女児4人の監禁と、中学生や小学生が絡んだおぞましい事件が連続して起きており、まずは、昨今の中学校の実態を校長先生からお聞きしようと思ってのことだ。
 10月はじめ、富山市内の中学校の7人の校長先生と委員会メンバーとで意見交換をした
 ある校長は、「問題生徒を抱えている学校は、まず校長が落ち込まないこと」と話され、「全国の不登校率は2.5%から3%で、富山県は少し低いが、本校は倍。新しく不登校を出さない   工夫ができないか考えている」と続けられた。校長先生の職務の大変さを感じた。
 他の校長は、女子生徒の非行が増えているが、そのすべての家庭に問題があるとして、嫁と姑が仲悪く家におられない生徒、また、両親の仲が悪く、夜も夫婦がそれぞれ勝手に家を出ていってしまっていて、携帯電話で連絡を取り合いながら友達の家を転々としたり、自分の行く所がないと真夜中に教師に電話してくる生徒の話をされた。こんな悲惨な家庭もあることを知った。
 最初は父親が子供を叱るがそのうちに叱るのは母親になり、手を焼くようになって父親に助けを求めるがもう手に負えないという話も聞いた。そんな家庭が案外多いのかもしれないと思った。
 入学式や卒業式で、ひどい茶髪の親が式の最中におしゃべりしているという話や、雨や雪の日は車で送迎し、「子供にも言い分がある」と妥協し、「ダメなことはダメ」と言わないなど、保護者の子供に対する愛情が薄っぺらになってきているという話には、昨今の中学生の親の様子を垣間見たようだった。
 また「自分の子さえ良ければ」という自己中心の親も見受けられるという話や、親の価値観、影響がもろに子供に出るという話に、改めて親の責任を考えさせられた。
 最近の若者のマナーや躾の悪さ、道徳心の希薄さ、三無主義(無気力、無関心、無責任)の蔓延などが言われて久しい。私自身も、列車内で平気で化粧する若い女性や、足を投げ出し大股を開いて座っている若い男性、だらしなくワイシャツをズボンの外にはみ出させ、道に平気でパンの包装紙を捨てる男子高生や、短いスカートにルーズソックスで地べたや駅の階段に座り込む女子高生を見て腹立たしく思ってきた。当社でも、若い社員のやる気の無さそうなラジオ体操や見るからに不潔・奇妙な髪型を目にしたり、か細い声の挨拶を聞いたりすると、これでちゃんと仕事ができるのだろうかと心配になる。また、自分の責任をちっとも感じていないような言動にも遭遇する。
 しかし、今回の中学校の校長先生方からお話を伺い、大人の責任を思った。単に若者を非難したり、反対にあきらめて放任したりしていてはいけないのだ。社会が悪い、学校が悪い、地域が悪い、家庭が悪いと責任回避の評論をしているだけでは、事態は悪くなる一方だろう。
 人間は人間に育てられてはじめて人間になるのであり、狼に育てられたら人間社会には戻れず死んでしまう。同様に、大人が子供を育てるのであり、子供が子供を育てるのではない。しかし、今は体だけ大人で精神的には子供である親が子を育てるところに大きな問題があると思う。まずは家庭において親が本当の大人として子育てすること、そして、会社においては上司が部下を教育できる大人の上司になることを心がけ行動することが大事だと思うのである。すべて大人の責任なのだ。
 

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