本文へ移動
朝日建設株式会社 本社地図
0
5
2
2
7
0

2003年12月

新春対談 デイリーコラムスペシャル

 今月16日、FMとやまのスタジオで、表題(現時点では仮称)のラジオ番組の録音をした。(株)アイバックの小沢社長との対談で、来年の1月2日、午後5時から15分間放送される。
 アメリカから帰って間もない小沢さんを講師に昭和60年に始まった勉強会「越塾」への参加から、小沢さんとの付き合いが始まった。小沢さんにはこれまで公私にわたっていろんな相談を持ちかけた。「困ったときは小沢さん頼み」で、名前まで考えてもらった。それが「とやまエコン」、「ほくりくエコン」であり、「朝日ケア」、「あさひホーム」であった。私の末っ子の名前もつけてもらった。
 あさひホームの建設でも最初から関わってもらい、当初の設計では床のヒノキ材を黒く塗装することになっていたのを、小沢さんの意見で無着色にした。トップライトからの光に包まれ、明るいヒノキの床のフロアーでくつろぐお年寄りを見ると、変更して本当によかったと思う
 小沢さんは、昭和62年4月からFMとやまで「小沢伊弘(こざわただひろ)のウイークエンドジャーナル」という番組のホストを務め、2年間で102人のゲストと対談し、私も11番目に出演している。この「ウイークエンドジャーナル」が、月曜から金曜目の毎朝8時45分から放送の「デイリーコラム」になって、今日まで続いている。
 この小沢さんから、来年の元日と2日の2回に分けて放送する対談番組で、あさひホームのことをしゃべってほしいと依頼があった。もう一人のゲストが誰かとも聞かないまま承諾した。そして録音日の16日、FMとやまで会ったのは、宇奈月の大高建設社長の大橋さんだった。5日分の「デイリーコラム」の収録を終えた小沢さんがスタジオからやってきて、「今、富山県の建設業界は暗いけれど、新事業を展開している元気な建設会社もあることを紹介したい」と言う。
 11月18日の北日本新聞夕刊の1面トップに「県内建設業界 異業種参入で生き残れ 福祉事業や飲食店経営も」という見出しで紹介されたのが当社と大高建設であった。大高建設は10月下旬に富山市館出町で"暖中"という中華レストランをオープンしており、この2社が小沢さんのラジオ番組で再登場するのだ。
 元日と2日のどちらに放送するかと問われ、私は誕生日である2日を希望した。誕生日にいかにも生出演しているようで面白いと思ったからだ。
 「あけましておめでとうございます。今日は林さんの誕生日ですね」、「ハイ、57歳になりました」といったやり取りから録音が始まり、朝日建設の紹介となる。ISOの品質方針や空港滑走路の施工実績などを話した。そして、老人介護事業への進出の経緯となり、三好春樹さんの「生活リハビリ」の考え方や、介護に対する私の思いを語った。この部分では、朝日ケアの運営理念 "私たちの仕事は お年寄りに満足してもらうこと。満足を測る物差しのひとつに心からの笑顔がある。この笑顔とは、お年寄りだけではなく、家族も介護スタッフも含んだ皆の笑顔である" を紹介し、その日の朝、あさひホームで実際にあった話をタイミングよく引き合いに出した。
 ショートステイをご利用の89歳の女性のMさんが私の顔を見ながら、「社長さんの笑顔は恵比寿大黒さんそっくり。きっと会社も繁盛することでしょう」と言われたのだ。このMさんから、2、3日前に「トイレの汚物入れは、(ペダルを踏んでふたを開ける方式なので)足の都合の悪い私には使えない。100円ショップで売っているバケツでよいのだけれど」と言われた。私は導入したばかりのトランシーバーを使って、Mさんの目の前で丸田ホーム長に変更を指示した。早速取り替えられたことに対してのお礼のあと、恵比寿大黒さんとなったのだった。
 出かけるたびに新しい発見や嬉しい報告、楽しい会話、そして課題も見つかるあさひーホームである。マスコミが興味を示しそうなネタは十分にある。いつでも取材に応じよう。
 

TOPへ戻る