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2004年1月

Only one

 昨年の大晦日の夜、久しぶりに紅白歌合戦を見た。大トリはSMAP。車を運転中よく耳にした曲を歌いだした。歌い始めると同時に「ああ、この歌なのか」と思った。この曲を歌っているのがSMAPであることと、その曲の題名が「世界に一つだけの花」であることを紅白で知った。
 娘たちは「中居君、音程をはずさないかな」と心配気であったが、大丈夫だったようだ。私はテレビ画面に出てくる歌詞を見ていた。そして「小さな花や 大きな花 一つとして同じものはないから NO1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」という最後の歌詞に惹かれた。
 旧経済企画庁(現内閣府)が1998年まで発表していた豊かさ指標で、富山県が「持ち家比率日本一」や「一人当たりの畳数日本一」などによって総合でも日本一となったことを富山県がとても自慢し、何かにつけて「○○日本一」という言い方を好んでしていた。しかし、「日本一」と聞くたびに他(人)を蹴落とすという感じがして、私はいやな気分になった。一番を誇るという感覚は、県内の高校を東大に何人合格したかで順位付けするのと同じ感覚だと思い、「ナンバーワンを目指すより、オンリーワンのものを誇るべきではないか」と思った。だから「NO1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」のフレーズが特に気に入ったのだ。もっともこの考え方は、多分私自身のオリジナルの考え方ではなく、誰かが言ったか書いたかしたことに同感して、そのように考えるようになったのだと思っている。
 「世界に一つだけの花」の歌詞の中の、「NO1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」や、その前のフレーズの「そうさ 僕らも 世界に一つだけの花 一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」が、競争社会に疲れた若者の心を癒し、自分自身にチョッピリ自信を持たせ、この歌を大ヒットさせたのだと思う。そして私も共感したのだった。
 だが、時間の経過とともに違った思いもしだした。「一人一人違う種を持つ」のはその通りだし、その種から「一つとして同じものはない」「花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」と言う考え方は間違ってはいないと思う。ただとても気になるのは「NO1にならなくてもいい もともと特別なOnly one」に納得し、自己満足して、それでおしまいになるのではないかということである。
 昨年1月の社内報での"「いい話」のおすそわけ"は「一粒の花の種が実を結ぶために」であった。一粒の種(直接的原因=因)を適当な時期に適当な土の深さに埋めてやり、さらに、適当な雨露や陽光に恵まれて、はじめて花が咲くという結果(果)となる。これが因果である。しかし、二粒の種を同じように並べてまいたとしても、片方は花を咲かせても、もう片方は鳥に食べられてしまったり、踏みつけられたりして、花を咲かせられないかもしれない。これが縁(間接的条件=運命)である。自分がどんなに努力しても、それだけでは結果は生まれない。どうしても周囲の人の援助が必要である。今こうして生きているのだって、縦横無尽な縁の中で生かされているのである。このような内容だった。
 若者だけでなく大人にも、自己中心的な言動が目に余る昨今だが、Only oneという言葉に埋没し、自分の殻に閉じこもって、発育不全の貧相な花しか咲かせられないのではないかと危惧するのである。自分の力だけでは自信を持ってOnly oneと言える花は咲かせられないということを自覚したい。
 また、私は「Only one」という言葉から、当社の応接室にあるステレオのメーカーであるデンマークのバング&オルフセン社を思い起こした。1925年創業のこの会社の不変の考え方のひとつが、「他とは違っているか?」である。「Only one」というのは「他とは違っている」ということであろう。個性といっても良いだろう。他との違いを確立するには、自分がどう生きたいのかと考えることや知的好奇心や自己啓発意欲が必要だと思う。しかし、こんな気持ちは現代の若者には希薄なのではなかろうか。
 Only one から色んなことを考えさせられた。そして会社のことも考えてしまった。いったい朝日建設のOnly one、朝日ケアのOnly oneは何だろうか、あるのだろうか、と。 

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