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2004年3月

年俸制について考える

1月の業務推進会議(課長以上出席の、ひと月に一度の会議)で、私は議題のひとつに「年俸制の導入の検討について」をあげ、今年の4月から部長以上に導入したいと話しました。

 最近は政府も多くのエコノミストも日本の不況は底を打って回復基調にあると言っています。しかしそこには、「建設業を除いて」という但し書きが必ずついています。建設業は景気回復の蚊帳の外ということなのです。特に当社のように公共事業をメインにしている建設会社の経営の厳しさ、苦しさは深刻です。これから経営環境がますます厳しくなり淘汰が進む建設業において、当社が勝ち組に入って生き残るためには、当社のこれまでの仕事のやり方や仕組みをすべて見直し、変えるべきものは変えていかなければいけないと考えています。そこで、年俸制の導入も検討課題としたのです。 

 戦後日本の賃金制度をめぐる支配的考え方が、年功主義賃金→1975年頃からの能力主義賃金(職能給)→1995年頃からの成果主義賃金へと転換していると言われています。そして、成果主義賃金が年俸というかたちで実現されているのが年俸制です。   私は当社に入社した翌年の1976年(昭和51年)、日本コンサルタントグループによる企業診断のもとに全社的な業務改革を行いました。その改革の一つとして月給者の賃金体系の改訂を行いました。仕事を行うにはそれぞれの職務においていろんな能力が必要ですが、その職務遂行能力を基準に賃金を決めるのが能力主義賃金であり、そんな意味づけをはっきりさせるために職能給という賃金項目を作りました。その後は、全従業員の社員一本化・月給化や目標面接制度導入など、人事システム面でもいろんな取り組みをしてきました。

 さて、仕事は成果をあげてこそ仕事といえます。朝から晩まで机に向かっていても何もしないのでは、給料が支払われるはずがありません。成果がゼロだからです。当たり前のことですね。そこで、成果主義賃金、年俸制の意味合いを以下のように考えました。
 企業は継続して経済活動を行いますが、その業績は1年ごとに期末決算として表されます。1946年(昭和21年)設立の当社は、2004年の今年は第59期の事業展開をしているのです。経営には中・長期的な展望がなければいけません。しかし、その展望の下に、業績が反映される1年という単位できちっと成果をあげていくことで経営が継続できるということも自覚しなければいけません。この観点から、特に管理職社員には、1年単位で仕事を考える、1年単位でシッカリ成果をあげるという意識が必要ですが、自分の年収はいくらなのか、その年収に見合った仕事をしているのかどうかを意識できるという意味で、年俸制は優れていると考えます。月々いくらという月給制ではその自覚が生まれにくいと思います。
 法政大学の早川征一郎教授は、「成果主義賃金は、バブル経済がはじけ、日本経済が長期不況に陥っている最中、いわゆるグローバリゼーションの進行の最中にあって、日本企業における生き残りの努力の賃金制度版である。ただし、その生き残りの努力の賃金制度版=成果主義賃金は、内部労働市場で培った人材を重視し、"人は城"として人材を育成し、その人材を大切にするというものではない。反対に、リストラで優秀な人材をどんどん放り出したうえで、残った人たちについて、徹底して個別的に管理し、ノルマを設定させて労働強化に追いやり、そのノルマ達成度を評価して賃金を支払うというものである。結局のところ、業績・成果の達成にひたすら邁進することを強迫する以外の何物でもない賃金制度である。」(『月刊全労連』2002年2月号掲載「成果主義賃金のねらいと問題点」)と書いています。
 しかし早川教授の「人材を大切にするというものではない」という考え方は、成果主義賃金の運用によってはこのような問題も起こりうるという話であって、極端すぎると思います。
 私は、「人材を大切にする」がゆえに、1年間の目標を設定し、目標を達成した喜びを感じ、成果をあげたことがシッカリ評価され、それが翌年の年俸に反映される賃金制度として年俸制導入を考えます。"厳しいけれども温かい"賃金制度が求められているのです。
 

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