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2004年11月

家庭教育について考える-1

 私は富山経済同友会で平成10年度から教育問題委員会に所属し、平成12年3月には第1次委員 会が「家庭教育を見直す〜子どもと共に親も学ぶ〜」という提言を発表した。平成15年3月には第 2次委員会が提言「21世紀にはばたく子どもたちのために〜続・家庭教育を見直す〜」を発表した が、この時は副委員長として提言の取りまとめに当たった。昨年からの第3次委員会では委員長に任 命され、現在2年目を迎えている。
 提言の具体的行動としての「家庭教育を考えるフォーラム」の開催や課外授業の講師派遣などの実 践活動がマスコミに報じられると共に、私は富山県教育委員会の家庭教育推進県民協議会の委員に委 嘱されたり、講演を依頼されるようになった。今年は既に、「県内の公立小中学校女性校長会の研修会」 と「呉羽地区の小学校教育研究会全体研修会」で講演している。
 今度の日曜日の11月21日には、立山町民会館で開催される「平成16年度立山地区地域ぐるみ 教育研究大会」での公開フォーラムに、3人のパネリストのひとりとして家庭教育の対場から出演す る。後のお二人は、学校教育と地域教育の対場から発言されることになっている。このフォーラムで、 私は、なぜ企業人として家庭教育に取り組んでいるのかということから話を始めるつもりだ。
 日本の企業で新入社員教育の一環として、正しい言葉遣い、電話応対の仕方、エチケットやマナー などを教えることに対して、欧米の経営者は「そんなことができない人間をなぜ採用するのか」と奇 異に感じるとのこと。企業人としての基本は自分自身で身に着けておくべきことだというのである。 この話に私は軽いカルチャーショックを受けた。当社でも、これまで当たり前のこととして新入社員 教育でマナーや礼儀、規律などを教えてきたが、これは企業で教えることではなく、学校で教えるこ とでもなく、本来は家庭で教えることであると思ったのだ。そして、福沢諭吉の小論「家庭習慣の教 えを論ず」の一節、「一家は習慣の学校なり。父母は習慣の教師なり。而(しか)してこの習慣の学校 は教育の学校よりもさらに有効にして、実行を奏する」を思い出した。教育とは読み書きだけではな い。父母のよい言行による教えが、読み書きよりも深く子どもの心にしみ込むというのである。家庭 における教育で一番大切なことは、親が子どもに規律、礼儀などの躾や習慣をしっかり身につけさせ ることだと考えるようになった。
 さて、11月7日に、富山親学(おやがく)フォーラムに出かけた。「親が変われば子が変わる」と いうタイトルで明星大学の高橋教授が基調講演されたが、「ヨーロッパの親と日本の親の決定的な違い は、ヨーロッパの親は家庭で子どもを育てるのは権利、義務、責任と考えている」という言葉が印象 に残った。また、日本の格言に「しっかり抱いて、下に降ろして、歩かせろ」というのがあり、「しっ かり抱いて」は愛情、「下に降ろして」は分離、「歩かせろ」は社会性であり、これが親心だと話された。
 11月18日には、家庭教育推進県民協議会の委員事業視察として、早月中学校でのPTA教養講 座に出かけた。真生会富山病院心療内科部長の明橋さんが「子どもの揺れに付き合う〜診療の現場から 〜」という講演をされ、「子どもの心は、依存と自立を繰り返して成長する」という話をうかがった。 高橋教授の「しっかり抱いて」が「依存」、 「下に降ろして」が「自立」に当てはまると思いながら聞 いた。
 私は会社の朝礼で、礼儀や挨拶、規律の大切さとその実践をテーマに時々話す。しかし、実際のと ころは、大人になってしまった社員に言っても効果はあまり期待できないであろう。それならば、次 代を担う子ども達に規律、礼儀などの躾や習慣を親が愛情を持ってしっかり教えるためにはどうすれ ばよいかを考えたい。第2次教育問題委員会の提言のひとつの「従業員やその配偶者の出産に際し、 早い時期から子どもとの交流が深まるよう低年齢児用絵本を贈ること」を私も昨年から当社で実行し ているが、これもそんな考えからだ。
 私は、人間として大事なことは感謝するということではないかと思っている。社会の価値観が大き く変わってきた今日ではあるが、感謝することの習慣づけを基礎とした権利、義務、責任としての家 庭教育をこれからも真剣に考えていきたい。それがこれからの日本を発展させることにもつながると 確信している。
 

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