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2005年7月

桐谷農園

 昨年から、八尾町桐谷の当社の保養所アサヒ・ツイン・ドームズに隣接する休耕田で、無農薬で野菜が作られ、今年は稲作も行われている。挑戦しているのは、昨年7月に設立され10月に認証を受けたNPO法人アイ・フィール・ファインの会員達。農業参入規制を緩和した「越中八尾スロータウン特区」を利用して、NPO法人として農業に参入したのである。理事長を務めるのは、富山市で生まれ、東京からUターンして八尾町に自宅を構えた長谷川由美さんである。
 長谷川さんに初めて会ったのは、ドームでのコンサートだった。お母さんと二人で仲良く体を揺らしながら楽しそうに聴いている姿が印象的だった。その後、当社の子会社が運営する老人介護事業所"あさひホーム"をお母さんが利用されるようになり、話をするようになった。その長谷川さんが、お母さんの介護を通して自分自身の老後を考え、行き着いたのがNPO法人アイ・フィール・ファインの設立であった。
 このNPO法人の目的は、「おだやかなエネルギーが流れ、花と緑と心地よい風の香りに満ちて、思いっきりいい空気を吸いながら散歩できる里 (中略) これはひとつのユートピア 団塊の世代の私たちは、常に新しい価値観のもとに新しい社会をつくり続けてきた そして終(つい)の住処(すみか)も自分たち流に創造すればいい 八尾の小高い丘の上にその理想郷を実現しよう」(パンフレット)である。昭和22年生まれの私も、団塊世代のひとりとしてこのNPO法人に誘われ入会した。
 このNPO法人の活動は、講演会、調査、研究会、視察、町の設計、農園と事業が盛りたくさんだが、最初に始めたのが桐谷での農園事業であった。
 昨秋は、会員でもある地元桐谷の元町議の山口さんが休耕田をトラクターで耕してくださり、その後、我々で冬野菜を植えるために畝を作った。しかし畑を作るには土が少なく、畝を作るのに苦労した。できた畝に私は小さな小さな種をまいた。何の種だか忘れてしまったが、こんなにも小さいものかと驚いた。種まきと苗の植え付けをしたのは、大根、白菜、キャベツ、カブ、春菊、水菜、小松菜、ほうれん草、スナックえんどう、さやえんどう、たまねぎ、にんにく など。その後も、草取りや除虫などの作業に参加したが、除草剤や農薬を使わない分、芽が出るとすぐに虫に食われて穴だらけになった大根の葉っぱなどが哀れであった。
 今年の春からの栽培作物は、そば、もち米、飯米、さつまいも、里芋など。私は、メールで水田での農作業の日程を確認しながら、できるだけ参加している。5月3日には、初めて水入れ・中耕しに参加。長靴を輪ゴムで縛り田んぼに入り、木製のレーキで田んぼの表面を均した。当社の舗装現場でのレーキ作業を思った。5月8日は田植え。素人に手植えは無理だろうという声も聞かれる中、中高年の会員やそのお孫さん達20人くらいが一緒に腰を曲げ、昔ながらのやり方で手植えしていく。六角形の便利な道具を転がして苗を植える目安の線を格子状につけてあったのだが、水の深いところで植えていた私、線がわからず苗は曲がってしまっていた。助っ人の地元のおばあちゃんが手際よく直してくれた。下手くそな自分に自己嫌悪気味の私に、おばあちゃんは、若い頃は朝早くから日が沈むまで、毎日競いあって田植えをしていたと語り、初めはうまくできなくて当たり前と慰めてくださった。6月には"ころがし"という便利な道具を使っての除草。周りの人たちは、子供の頃経験していたり、前回についで2度目とかでリズミカルにスイスイ進んでいく。私は一足ごとにドッタドッタとのろのろ進む。またもや自己嫌悪。7月には、腰をかがめての手作業での草取り。稲に良く似た稗の見分け方を聞くも、最初はさっぱり区別がつかない。眼鏡越しに稲か稗の穂先が目に当たり痛い。最初の3列を隣の人に遅れながらも進んでいたら、「社長、後ろ見てみられ」との声。腰痛を防ごうと腰を落として進んでいたので、真ん中の列の苗がすべて倒れている。またまた自己嫌悪。そして、翌日からの太ももやふくらはぎの痛いこと痛いこと。
 苦労の連続の桐谷農園だが、皆で手を取り合いいい汗をかきながら、収穫の日を夢見ている。
 

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