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2005年10月

今年のノーマイカーデー

 当社は昨年に引き続き今年も、今月10月12日(水)に実施されたノーマイカーデーに参加した。私は、当日歩けばよいものを、雨が降るかもしれないという理由をつけて、妻に車で旧8号線の呉羽駅バス停近くまで送ってもらった。バス停には、学生服を着た中学生の男子生徒と、制服姿の小学生の女児の二人が待っていた。紺色の制服なら富山大学附属小学校の児童に違いない。中学生も、学生服のボタンから、富山大学附属中学校の生徒だと分かった。二人とも私の後輩なのだ。育ちのよさを感じさせる優しい顔立ちの中学生の男子は、私服だったら小学生にしか見えないほど小柄だった。道路を横断する時にすれ違った、間違いなく相撲部の呉羽中学の生徒とは、同じ中学生かと思うほどの体格の差である。
 この男子に私は「バスは、いつも遅れてくるけれど、5分くらい?」と声をかけた。「10分ほど遅れることもあります」と男子。続いて「君は、附属中学校だろう。何年生?おじさんも、附属中学校だったんだよ」に「1年生です」の返事。それに対して、言わなくても良いのに「おじさんは同窓会の会長をしてるんだよ」、続けて「今日は、ノーマイカーデーだからバスに乗るんだ」と付け加えた。 見知らぬおっさんに声をかけられて迷惑といった様子は微塵もなく、礼儀正しく感じの良い態度に気をよくして、「部活は何かやってるの?」と尋ねると「陸上です」。そこで続けて「陸上の種目は?」に「中距離です」。「中距離って1500メートル?」。これに対しては「400メートルか800メートルです」の返事。そうか1500メートルは長距離なんだと、チョット恥ずかしかった。
 7、8分遅れでバスがやってきた。整理券を取って中ほどの窓側の席に座る。後から乗り込んできた男子生徒は、空いている私の横に自然に座った。また会話が始まる。
 兄弟は妹が一人で、さっきの女の子がその子であり、彼も附属小学校からの進学と知った。私は、自分にも中学2年生の末っ子の男の子がいて、自分の年は58歳と話すと、彼のお父さんは43歳と言う。「富山大学教育学部の名前が変ったね」と言うと、人間発達科学部に変ったと、正しく教えてくれる。英語はしっかり勉強したらいいよと、カンパニー(仲間、会社)やエデュケーション(教育)の語源を話してから、附属中学校の校歌の歌詞には学校の名前も地名も出てこないけれど、歌曲のようなとても素晴らしい曲だと話す。これは、毎年3月に行われる同窓会入会式で、同窓生で演出家・作家である久世光彦さんの著書「時を呼ぶ声」の第7章「しろがねの・・・・」の中で校歌について書かれている文章を紹介しながら私が話していることを、この男子にも聞かせたくなったのだった。
 話している内に、バスは富山大学前に近づく。私は、次男が携帯電話を欲しがっていることを思いだして、「携帯電話持ってる?」と尋ねると、もっていないとの返事。1年生ではどのくらい持ってるかとさらに聞くと、クラスの半分は持っていて、2、3年生になるともっと持っていると答える。携帯電話で何をしてるのだろうかと聞けば、友達とメールが多いようだと言う。息子にも買ってやっても良いのかもしれないと思った。
 バスの到着間際に、グッドバイは、God be with you が縮まった言葉で、神様があなたと共にいらっしゃいますようにとい言う意味だと教えて、「じゃあ、元気でね」と声をかけると、にっこりと会釈して前方の降車口に向かって行った。窓から見ていると、妹と一緒に歩いているその男子は、私の方を見て、またにっこり微笑んだ。嬉しかった。以前、市電に乗っていた時、空のペットボトルを座席に置き去りにしようとしたのを注意したら、フテ顔してしぶしぶペットボトルを持って降りてから、電停で私に向かって"あっかんベー"をした、いかにも悪ガキ顔の男子中学生とは大違いだ。
 丸の内のバス停に着き、ノーマイカーデー100円割引券と一緒に210円払ってバスを降りた。久しぶりのバス通勤のおかげで、朝からとても温かい気持ちにさせられ、こんな子が大人になるのなら日本の将来は大丈夫とまで思った今年のノーマイカーデーであった。

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