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朝日建設株式会社 本社地図
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2005年11月

朝日建設定昇を撤廃

 今月のコラムのタイトル「朝日建設、定昇を撤廃」は、11月12日(土)の日本経済新聞北陸版に掲載された記事の見出しである。
 11月8日(火)に、日経新聞の富山支局長が取材に来社された。富山県建設業協会の経営改革推進委員長を務めている私に、県内建設業界における新分野進出の動向を聞きたいということであった。当社の老人介護事業への進出の経緯や、私が見聞きしている県内建設業者の新分野進出への取り組み事例を話している内に、当社では、建設業を取り巻く厳しい経営環境の中で生き抜くために、来年の4月から賃金体系を改めることにしたと話した。支局長は大変興味を示し、新分野進出より賃金体系の変更の方に取材時間を多くかけたように思う。
 私は、大学卒業後、兵庫県の建設会社での5年間のサラリーマン生活を経て、昭和50年に当社に入社した。企画室長という肩書きをもらい、総務部と同じフロアに席をおいて最初に担当した仕事は、現在の本社ビルの新築工事であった。しかし、経営者見習いとしては総務の仕事を知らなければいけないと思い、本屋で簿記の本を買い込み複式簿記の勉強から始めた。また、給料や賞与の算定、査定にも関わるようになり、その年の12月には、当時日本の賃金制度についての第一人者と言われ、今では職能資格制度の立役者と言われている楠田 丘(くすだ きゅう)さんの人事考課一泊セミナーに参加した。「人事考課は、給料やボーナスの査定だけに使うのではなく、社員の能力を開発するためにも使うもの」とセミナーの最後に言われたことを今でもよく覚えており、その後の私の人事考課に関する基本の考え方となっている。
 翌昭和51年4月には、日本コンサルタントグループのコンサルティングを受け、年齢と勤続年数によって決定する基本給、職務遂行能力によって決定する職能給を柱とする、現在まで続いている当社の賃金体系の原型をスタートさせた。また、平成8年には、地元の社会保険労務士である片境さんのコンサルティングを受けながら考課者訓練を実施し、平成9年から1〜9等級の職能等級資格制度を導入した新賃金体系に移行した。
 この新賃金体系では、1年間に4回の人事考課面接を実施し、4月の給料改定と7月と12月の賞与査定に際して、社員の職能層に応じてウエイトを掛けて算出された人事考課面接での評価点数を係数化し、その基準に従って作った給料や賞与の原案を関係者が半日かけて検討してきた。
 しかし、数年前から、この検討会、特に賃金検討会での議論に虚しさを感じ始めた。それは、賃金制度としては大企業並みの制度を作ったが、「社員の能力を開発し、社員を育てる」ことに関しては、有効に機能しているとは思えないからであった。極端な言い方をすると、AさんとBさんの月給の差は千円がよいのか、それとも千五百円がよいのか、そんなことをせっせと議論しているだけで、その人のどこが伸びたから昇給したのかが見えないと感じたのだ。そんな思いは、当社の経営状況が平成12年から悪化し続けるのに連れて、どんどん強くなっていった。
 今年4月、「社長として断固なすべき6つの仕事」という本を購入した。6つの仕事が6章に分けて書かれている分厚い本を感心しながら読み進んだが、「第四章 やる気にさせる賃金決定」を読み始め、大袈裟ではなくて感動で身が震える思いがした。最初にこのように書いてある。『中小企業で働く人たちは、懸命に努めて会社を大きくし、大企業では望めないような昇進や昇給を期待している。それに応えて、年齢や学歴や勤続年数にかかわらず、「自分の努力が実る」賃金体系を早急に導入すべきである。』と。この第四章を読み終わり、「自分の努力が実る」賃金体系、そして「社員の能力を開発し、社員を育てる」賃金体系のポイントが、「定期昇給は無い。昇給は昇格による。ベースアップ・ベースダウンもある」だと分かった。
 この新しい賃金体系の概要については、先月全社員に配布した「新しい賃金体系について」に記した。これを実効あるものにするために、ただ今、職務等級格付基準の作成の真っ最中である。改革は、トップダウンでスピードを上げて取り組まなければならない。 
 
 

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