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2006年3月

NHKニュースの反響

 3月2日、NHK富山放送局の三石(みついし)記者と面談した。三石記者の来訪の主旨は、富山、石川、福井の3県で新分野や新規事業に取り組んでいる会社をニュースで紹介するので、富山県では当社の介護事業の取り組みを取り上げたいというものであった。
私は、当社が介護事業を始めたいきさつから話を始め、あさひホームの環境や利用率、収益状況を説明した。さらに、公共土木事業の現状や将来を考え、今後は介護に特化した住宅改修事業に力を入れたいということ、さらに将来の夢として、住宅のバリアフリー化にとどまらず、生まれ育った故郷富山にユニバーサルデザインを広く導入したいなど1時間半以上も話した。
 取材日は、私がホームでの朝の申し送りに出席する3月8日(水)になった。当日、8時前にホームに着いたら、既に三石記者と女性のカメラマン、そして男性の照明担当者の3人が来ていた。カメラを回しての取材は、8時半からの申し送りや入浴介助の様子、また、デイサービスの利用者さんが到着する様子やその方たちと私が話しこんでいる様子などいろいろだった。
 私は10時過ぎに本社に向かったが、取材班は玄関前に手すりをつけたFさんのお宅などさらに取材を続け、午後1時前に本社に到着し私へのインタビューとなった。あまりにも書類が散らかっている私の机が写されるのは恥ずかしく、会長室で会長の机に向かってインタビューに応じた。私の取材を終えてからは、路肩拡幅工事の現場の取材に向かった。
 放送は1週間後の15日(水)午後6時10分から30分ころとのことであった。当日私は新潟に日帰り出張していて帰社したのは午後9時過ぎ。パソコンを開いたら、「“建設業界が他の分野へ進出”ではなく、“介護施設の新しいやりかた”の方がぴったりのテーマだと思います。こんな施設がもっと増えればいいですね。」というコメントのメールが旧知の学校の先生から入っていた。帰宅してから、家人に撮ってもらったビデオを見たが、5分間でうまくまとめていると感心した。
 翌朝、ホームのショートステイで、ご利用の男性から、「社長のニュース、今やってますよ」と言われ、その方の部屋で最後の部分を見させてもらった。部屋から出るとすぐに携帯電話が鳴った。青年会議所時代に知り合った名古屋の友人からで、「会社に出かける前に、今ニュースで、林君を見たから」とわざわざ電話してくれたのだった。グループホームで利用者さんと話していると、妻から電話。H社のYさんから電話があったとの連絡。Yさんは、私が最初に所属したロータリークラブの先輩で、今は経営の第一線から退かれている。すぐご自宅に電話したらYさんは、私の仕事の様子を新聞やテレビのニュースで知り、嬉しかったので電話をした。良い仕事をしておられる。これからも頑張ってくださいとのこと。とても感激し、勇気付けられもした。
 名古屋に住んでいる幼稚園から高校まで同期だったMさん(女性)からは、「私は聖書の言葉が書いてあるカードを幼稚園の時にお母さまからいただきました。言葉も図柄も残念ながら憶えていませんがきれいなものであった事は確かです。その後その種のカードを目にする度にハナちゃん(注:私の小さい時からのあだ名)のお母さまを思い出してました。勿論その後の小学校中学校高校と想い出はいっぱいありますね。全てがとてもカラフルでキラキラしてました。」という言葉を添えたメールが届いたが、ニュースで紹介された母の写真を見てのことだった。親戚からのメールには「テレビ解説では従来技術を生かした新分野の開拓という観点だったけれど、今一番日本に必要な分野への挑戦だということももっと大きくスポットを当ててもらいたかったと思います。林流の介護技術の開拓も期待したいところであります」と書かれていた。その他にも遠くから電話やメールで感想を頂き、顔を合わす建設業者からは「新聞テレビに朝日建設ばっかり毎日出てるね」と声をかけられた。三重県の介護事業者からもホームに電話があったことや、ニュースに写ったスタッフや利用者さんにも、多くの好意的な電話やメールがあったとき聞いた。訪問介護のスタッフも、訪問先で話題になったと言う。NHKの影響力の大きさを感じた。そして好評であったニュースに応えるためにも、母の介護をキッカケに始めた老人介護事業をもっと深く追求し充実させたいという想いを強めた。
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