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2006年5月

新聞を読んで〜県立社会福祉施設民営化の是非を問う〜

 5月7日の地元新聞に「明日の県民福祉のあり方を考える 4・22県民シンポジウム」(県民福祉を考える県民会議主催)での基調講演とパネルディスカッションの模様が掲載されていた。この記事を読み、これはおかしいと思うところがいくつかあった。
 元K大大学院教授のYさんは「『小さな政府』を考える」という基調講演で、「官の仕事を民間に移し、『小さな政府』になったおかげで支払う税金が減っても、人々の生活に必要なサービスが低下することは避けられない」とか、「官の仕事は民間がやっても利益が上がらない分野が多い。民営化してみたものの、採算が取れないのでやめるというのでは困る」と発言している。
 私は3年前に老人介護事業に進出し、「あさひホーム」の運営を始めた。老人介護事業は介護サービス利用料が介護保険法によって定められているので、施設やサービス内容の優劣に関わらず機械的に収入が決まってしまうという、採算性を考えたら全く面白みの無い事業だ。しかし、お年寄りやご家族の満足を第一に考えて建物を建設し、介護スタッフの研修に力を入れ、スタッフもお年寄りに真摯に向き合ってきたおかげで、口コミで評判が広まり利用者数が増えた。4月の月次決算は介護保険法の改正で収入が減ったこともあり単月では赤字だったが、4期目が終わる5月末の決算では、開業後初めてわずかながら利益を計上できる見込みだ。この私自身の体験から、「民営化でサービスが低下することは避けられない」とか、「民営化してみたものの採算が取れない」という決め付けの意見には同意できない。国鉄が民営化されなかったら、国家財政はとっくに破綻していただろうし、民営化でサービスは向上した。それでも、国鉄民営化はすべきではなかったというのだろうか。
 パネルディスカッションの始めにコーディネータのTさん(県地方自治研究センター理事長)が、「県立社会福祉施設のあり方懇話会」が県立N老人ホームの民営化を打ち出したことに対して、「施設で働く人や利用者からの疑問の声が11万人の署名という形で表れたと切りだし入ている。しかし、ディスカッションの記事を読んでみて、「施設で働く人や利用者からの疑問の声」だけではなく、賛成や支持の声も先入観無しにきちっと聞かなければ、まともな議論にはならないだろうと思った。それは、次に紹介する発言に代表される。
 「『官から民へ』と言われるが、耐震強度偽装問題でも明らかなように、過度な民間依存では自治体は住民の福祉を守れない」(自治労社会福祉評議会事務局長のNさん)や、「県が直営する意義は本当になくなったのだろうか。現場に身を置いて培った経験と実績を大切にしなくてはいけない。民間に有形無形のノウハウを供与し、介護サービスのレベル向上に大きく貢献していることを忘れてはならない」(県議のYさん)からは、官のやるサービスの方が民のやるサービスより質が高く、民に任せると悪いことが行われるという気持ちが読み取れる。確かに「悪徳リフォーム業者」と根は一緒に思えるような老人を食い物にするひどい施設があることを知り、憤りを感じたことが何度かあった。しかしそれは、監督すべき立場の官がしっかり見張っていないからだ。また、先日の日曜日、他県の老人介護施設の職員7人があさひホームに見学に来られ、私が説明と案内をした。彼らが働く施設は町長が理事長を務める第3セクターの特養ホームで、7年前にできたとのこと。自分たちの介護のやり方がこれでよいのだろうかと疑問を感じての訪問であった。あさひホームの洗面器や椅子、テーブルの高さを説明したら驚いていた。彼らの施設のそれらは健常者を基準にしていて全く高すぎる。官が入った3セクで、どうしてこんな設計が平気で通ったのだろうかと思った。また、なぜ機械浴を拒否するかという私の介護の基本姿勢に関わる説明にも、賛同の様子だった。民は、競争の中で切磋卓磨し鍛えられていくのである。利益をあげる必要が無く、民間の同種の職種に比べ異常に高い給料の職員を雇用している官こそ謙虚に反省し、官がしている仕事の見直しを図って欲しいものだ。 民間デイケアハウスKのSさんの発言の「特別養護老人ホームは公立でなくても良いのではないか」や「民あっての官だと思う」に賛成だし、富山県老人福祉施設協議会会長のSさんの「行政、事業者の役割分担は明確にすべきだ。行政は監督機関として状況を把握し、指導することが必要である。施設は効率的な運用、小回りのきく運用が求められる」はその通りだ。しかし、シンポジウムが終わってのアンケート結果は、県立社会福祉施設の全面民間移管の提案について、
反対が60%。でも、この数字が一人歩きしては危険だと介護事業の当事者として断言できる。
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