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2007年4月

無財の七施

 4月14日土曜日の朝、私は8時過ぎに自宅のすぐそばの「あさひホーム吉作」に出かけた。デイサービスフロアに入り、フロアで準備仕事中の女性スタッフ二人の後姿に、「おはよう」と声をかけたら、振り向いた一人が、「なんとさわやかな声かと思った」とにこやかに話した。60年間生きてきたが、さわやかな声と言われたのは初めてだ。嬉しかった。そして、仏教の「無財の七施」が思い浮かんだ。さわやかな挨拶も七施の内の一つの「言辞施」に当たると思ったのだ。8時半からの「申し送り」でこのことを話そうとインターネットで「無財の七施」を検索して印刷し、この「無財の七施」の解説を読み上げて、介護の仕事は「無財の七施」と共通すると話した。
 その後、改めて「無財の七施」をインターネットで検索してみた。数件の解説の中から私の気持ちに合致する解説を取捨選択して以下に示したい地位や財産がなくても、誰もがいつでも容易にできる布施の行,それが「無財の七施」です。
【1】 眼施(げんせ)  慈しみに満ちた優しい眼差しで全てに接することをいいます。「目は口ほどにものを言う」といいます。自分の心というものは眼差しによって伝わるものです。そういう意味では誤魔化しがききませんから、七つの布施の中でも一番難しいことかもしれません。

【2】 和顔施(わがんせ) いつも和やかで穏やかな顔つきで人に接することです。気分のいいときに優しい顔をすることは簡単ですが、腹の立っているときに穏やかな顔を、落ち込んでいるときに明るい表情をするというのは大変なことです。自分自身の小さな感情にこだわっていたのでは、和顔施はできません。

【3】 言辞施(ごんじせ) 優しい言葉、思いやりある態度で言葉を交わす行いをいいます。言葉というのは、いくら立派な言葉であっても、心がこもっていなければ素通りしてしまうものです。その一方で、いくら気持ちがあっても、言葉遣い一つで思いもよらない受け取られ方をすることもあります。あるいは、ついうかうかと人を傷つけたり、不快な思いをさせる言葉を出していることがどれほどあるでしょうか。人間のコミュニケーションの中心は言葉によるものですが、言葉一つが人の生死を左右することがあるものです。

【4】 身施(しんせ) 少しでも世のため、人のためになることを思いついたら、損得を抜きにしてすぐに身をもって行動することです。例えば人が嫌がるトイレ掃除を進んでするボランティア精神です。頼まれごとをしたときに、快く応えることも大切な身施ではないかと思います。

【5】 心施(しんせ) 他のために心を配り、心底から共に喜び共に悲しむことができ、他の痛みや苦しみを自らのものとして感じ取れる心を持つこと、真心を込めて行うことです。

【6】 床座施(しょうざせ) 電車のシルバーシートは勿論の事ですが、自分が疲れていても喜んで席を譲る行為。また、競争相手にさえも自分の地位を譲って悔いなく過ごせることをいいます。

【7】 房舎施(ぼうしゃせ) 簡単に言えば自宅を皆に貸し与えなさい!ということです。雨露をしのぐ場を提供するということを敷衍(ふえん)しての、「自分が多少濡れても、相手に雨がかからないように傘を差しかけてあげる」という解釈も見かけますが、大切なことだと思います。

 私が「無財の七施」という言葉に出合ったのはかなり前だが、介護スタッフのひと言のお陰で、今回「無財の七施」の一つひとつの意味を今までより深く考えることができた。
 介護事業はサービス業であるが、サービスの心は思いやりの心であり、サービスとは人の役に立つことだと言える。これは「無財の七施」と一致する。「無財の七施」が随所で行われている「あさひホーム」、「あさひホーム吉作」でありたいと願う。そして、そういう自分自身でもありたい。
 

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