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朝日建設株式会社 本社地図
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2010年10月

★各リンクより、DVDのキャプチャーをスライド形式でご覧いただけます。

創業70周年感謝の集い

 このコラムが社内報LEMONに掲載され、給料日に社員の皆さんの目に触れるのは、10月23日に行われる「朝日建設創業70周年感謝の集い」の2日後です。
そこで今月のコラムは、「創業70周年感謝の集い」で私が行なう挨拶の準備を兼ねて、話す内容を箇条書きしたメモとします。(以下は、その後に修正を加えた実際の原稿です)
・ 朝日建設が創業してからの70年間をDVDで振り返りましたが、いかがでしたでしょうか?
・ 朝日建設の前身の「巴組」が昭和15年10月に創業し、それから35年目の昭和50年4月に私は入社した。それからさらに35年が経ち、今月創業70周年を迎えることになった。だから私は朝日建設の歴史のちょうど半分の35年間を朝日建設で勤務してきたことになる。そう思うと、これまでの会社の歴史と自分の人生が重ね合わさり、これからの80周年、90周年、そして100周年に向かって朝日建設をさらに発展させることが自分のこれからの人生だと思わされる
・ DVDで紹介されたが、祖父林銀蔵が昭和21年10月18日、巴組を組織変更して、株式会社朝日組を設立した。この朝日組の社名は「朝日のごとく社業が上昇するように」との願いと決意を込めて命名したもので、自分の苗字をつけて「林組」としたのではないところが凄い。そして、1年半後の昭和23年4月には現在の社名の朝日建設?式会社に社名変更したが、これまた「組」でないところが凄い。今でも、創業者の苗字と組をくっつけた社名の建設会社が多いことを思うと、終戦直後からの朝日建設の社名に誇りを感じ、ハイカラだった祖父を尊敬する。
・ DVDの後半でバックに流れた曲は、ジャズの名曲「Softly as in a Morning Sunrise」日本語で「朝日のようにさわやかに」である。私は本社の応接室で来客にこの曲を聞いてもらっているが、私はこの曲を勝手に当社のテーマ曲と言っている。それは「朝日のようにさわやかな会社でありたい」との想いからだが、祖父の「朝日のごとく社業が上昇する会社」の想いとどこかでつながっている気がして、「孫なんだなあ」と何だかうれしくなる。
・ 終戦の日からわずか2ヶ月後の昭和20年10月に巴組は富山市庁舎の新築工事を手がけ、?朝日組となった昭和21年秋には、北日本新聞社の木造2階建ての社屋を50万円で請け負うが、翌年夏の完成時までに原価が90万円かかったと「50周年記念誌」の中で先代社長が語っている。また朝日組は、富山市牛島での富山市立神通病院新築工事の1期、2期工事を請け負い、昭和22年8月に完成させているし、市営住宅の建設も行なっている。
朝日建設といえば、業界はもとより世間でも「舗装の会社」のイメージが強いが、設立時は建築がメインであったのである。そしてその後60年あまりの間に舗装工事電気設備工事護岸工事、下水道工事、富山空港滑走路舗装工事嵩上げ工事、カラー舗装やエポキシ樹脂舗装などの特殊舗装工事、さらに近年は、富山北大橋と富山大橋の橋脚や橋台、そして昨年はライトレールの軌道敷工事を手がけるなど、建築工事から離れて、土木・舗装工事や電気工事を手がけてきた。
・ また、平成5年には前田道路と再生アスファルトプラント「とやまエコン」を共同企業体で設立し、平成13年には世紀東急工業、鹿島道路を加えた4社で「ほくりくエコン」を設立している。
・ 新分野にも進出し、老人介護事業を行なうために別会社朝日ケアを作り、平成15年から富山市北代で「あさひホーム」を、平成18年から富山市吉作で「あさひホーム吉作」を運営している。
・ そして今年は定款を変更して、先月から福祉用具の販売・レンタル事業を始めている。
・ 70周年に際して改めて創業から今日までを振り返ると、今述べたような施工する対象工事や新規事業だけではなく、内部的にもいろいろ変化があったことが思い出させられる。
・ 昭和43年の定年60歳の採用、昭和49年の定年65歳への延長、女性技術者の採用、昭和51年からのコンピュータの利用・活用、定昇・ベアの無い賃金制度の導入、新しい工事原価管理や工程管理手法の導入などである
・ 私は当社がそれほど大きく変わってきたとはこれまでは思っていなかったが、このように振り返ると、やはり変わってきた、また変わってきたからこそ、今も存続できているのだと思わざるを得ない。
・ DVDの最後のスライドは、今月の2日に北日本新聞に掲載された「新経済人」であったが、その中で「変わることに抵抗はない」と言っている。そのように言ったかどうか良く覚えていないが、確かに現状維持よりは変えることを選択してきたといえる。
・ しかし、記事の見出しの「改革続けて前進」に、改革とは大袈裟だと感じた。他の産業で行なわれている改革に比べれば、改革といっても高が知れている。保守的、現状維持的な会社が多い建設業界なので他社と違って見える程度だろうと思う。
・ でも折角記事の見出しに「改革続けて前進」とつけてもらったからには、これからは改革という言葉に値する改革を行っていきたい、そのためにも「改革恐れず前進」することを意識して経営に当たりたい。
・ 今日のパーティーを「感謝の集い」としたのは、現在の当社に関わっている社員の皆さん、そして協力いただいているアサヒ会の皆さんの誠実な働きがあってこそ、今日の日を迎えることが出来たとの想いからである。心から感謝の意を表するとともに、実行委員会が企画した今日のパーティーをぞんぶんにお楽しみいただきたい。
・ 創業100周年の時、私は93歳。90歳の父が本日ここに70周年の集いに参加したように、私は93歳で100周年の集いに参加したいと思う。その時のパーティーも、この電気ビルで行なうので、野上支配人さん、よろしくお願いします。


 

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