朝日建設株式会社
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2012年1月

65歳になって

 昨年11月のこのコラムのタイトルは「65歳」であった。昨年の11月に行った中学校の同期会での自己紹介の模様と、65歳以降の生き方について次のように書いている。
 「男性の自己紹介では、私ともう一人がオーナー経営者、もう一人がそれに近い立場、また二人が開業医で、この5人が現役で毎日働いていた。しかし残りの7人は、会社を定年退職した後、同じ会社か関連会社で再雇用や嘱託として働いていたが、昨年64歳で、あるいは今年65歳になって完全に会社を離れ、年金生活になっていた。たまにアルバイト的に以前の会社を手伝っている人もいたが、「毎日サンデー」のようで、現役のころは精力的でギラギラしていた男性も、とても穏やかになっていたし、他の男性からも、リタイアするとこんな感じになるのかと思わされた。(中略)
 早生まれの私は、かろうじてまだ64歳だが、今回の同期会ではこれまでのように再会を懐かしむことに加え、一般的に高齢者といわれる65歳から先の生き方を考えさせられてしまった。(中略)
 今回の同期会での男性たちの話を聞いて、やはり、働いていることの方が私の性分にあっていると思った。建設業にとっても介護事業にとっても非常に厳しい経営環境ではあるが、私が参加している勉強会の合言葉“75歳、現役バリバリ”を実践すべく、富山の社会基盤整備や維持のために、また、富山のお年寄りの幸せのために、がんばって仕事をしたい、そのためにも、もっともっと勉強しなければいけないと思った。」
 そしてこの正月2日に私も65歳になった。この日の午後から新年式での年頭挨拶で使うパワーポイントの作成を始めたが、スライドには入れないけれども、どうしても挨拶の冒頭に紹介したい言葉があった。それは「目が覚めたら朝だった」という、私のメモ帳に書きとめていた言葉である。
 どこでこの言葉を目にしたのか、あるいは聞いたのかは定かではなく、「砺波のお百姓さんの砺波さん」とコメントが付いているだけだったが、昨年末にこのメモを見つけたとき、なぜメモしたか直ぐに思い出せた。朝になったら目が覚めるのは当たり前と思うかもしれないが、目が覚めるということは今日も生きているということであり、生かされているということである、というような説明に、高校の同期で社会人になってからも交流があった女性が、布団の中で亡くなっているのを、朝、お姉さんが発見したという話を思い出し、この言葉に共感してメモしたのだった。
 昨年末にこのメモを見つけて読んだときは、東日本大震災の翌日の3月12日の朝、2万人以上の方が目を覚まさなかったのだと思った。そして改めてこの言葉の重さを感じた。その翌日から毎朝、目を覚ますと「ありがたい、今日も生きている」と思うようになった。
 現在世間では定年を60歳から65歳に引き上げている段階であるが、大企業でも55歳が定年退職であった昭和49年から当社は65歳定年である。私が一般社員だったら65歳の誕生日をもって定年退職となるので、昨年末に退職手続きを済ませてしまっていて、1月4日の新年式には出席しなかっただろう。しかし役員であるがゆえに65歳を過ぎても新年式で挨拶し、今日も当社で働いておられるのである。生きていて、65歳を過ぎても働く会社があり、働くことが出来るということは、何と素晴らしいことだろうか。そのことに対する感謝を忘れず、今年の経営指針の第一番目に掲げた「誠実に、勤勉に、汗を流し、効率よく働く」を、社長である私自身がシッカリ実践しなければいけないと思いながらスライドを作っていった。
 聖路加国際病院理事長の日野原重明先生は、今年101歳を迎える自分にとって、新世紀への約束、決意=コミットメントをすることが、自分に与えられた使命であるとして、「日本から武器をなくすことこそ、世界平和への第一歩だと信じ、110歳まで生きて、この運動に全力を注ぎたいと考えています。こうした活動への賛同者をひとりでも多く得るためにも、65歳以上を老人とせず、少なくとも85歳までは自立した生活が続けられるよう、健康運動のキャンペーンを日本中に広げたいという思いも新たにしています。」と「100歳・私の証 あるがまゝ行く」(朝日新聞1月14日)に書いておられた。
 その日野原先生が会長を務める「新老人の会」の富山支部世話人代表の私なのだ。65歳になったからと言って、前期高齢者になったとは全く思っていない。私が大事にしている、“「働く」は「端・楽」=周り(端)を楽にする=世のため人のために役に立つ” ことを、会社経営を通じて実践するために、朝目覚めたら、生きていることを自覚し感謝することから一日をスタートさせる、これが65歳の誕生日以降、日々思っていることである。