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朝日建設株式会社
富山県富山市安住町7番12号
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2018年10月

プロに出会った

 10月4日から3日間、富山市建設業協会の旅行に参加しました。

 

 見学したのは、初日が東京オリンピックのための新国立競技場と海の森水上競技場の建設現場、そして迎賓館、二日目は千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館と成田山新勝寺、三日目が鎌倉の円覚寺と鶴岡八幡宮でしたが、それぞれに見所があり、初日の夜の、浅草で芸者と幇間(ほうかん)の芸を楽しみながらの宴会も楽しいものでした。

 

 しかし、今回の旅行の一番の想い出は、私が乗ったバスのガイドさんの案内でした。

 

 私は、観光バス会社「東京パッセンジャー」の黄色い3台のバスの2号車に乗りましたが、この2号車のバスガイドが、3人のバスガイドの中では最年長と一目で分かる中澤秀子さんでした。

 

 発車して最初の「私は父が60歳、母が49歳の時の子供で、8人兄弟の末っ子。母は19歳で長野から家出し11歳年上の父と出会い、最初の子を妊娠した。その一番上の姉は80歳を超えているが、秀子という名前は、その姉が高峰秀子のファンだったので、末っ子の私の名前を秀子にしました」との自己紹介に、このバスガイドさんは50歳を超えているのだと分かりましたが、何とも印象に残る自己紹介だと感心しました。そして自分もこんな風に印象に残る自己紹介をしたいものだと思いました。

 

 二日目の出発の時には、「昨日、私の名前の秀子は高峰秀子の秀子から付けられたと言いましたが、実際は高峰秀子の秀子ではなく、ヒデーエ子が名前の由来。父が経営していた老舗の観光バス会社内山観光を身売りして、家計が苦しいときに生まれたので、ヒデーエ子から秀子と名づけられました」と、笑いを取りながら初日の話を上手に展開させたのに、またまた感心させられました。

 

 そして三日目。案内中に時々咳き込んでいたのですが、「両親が歳とっての子なので、小さい時から小児喘息で、今日のように雨が降るとエヘン虫が出てきます」と、初日と二日目に話した自分の生い立ちを絡めて咳き込みを説明しました。これを聞くと咳払いが気にならなくなりましたが、生い立ちの話を、何とも上手に状況に応じて使うものだと感服しました。

 

 もちろん観光案内も上手でした。初日に荒川を通ったときには「全国に荒川は47あるが富山県にも2つあって、一つは小川温泉の側」との説明に、富山県のことをしっかり調べていると思いましたが、富山県と富山市の人口も暗記していました。乗客の出身地を考えた上でのガイドだとこれにも感心しました。

 

 二日目は千葉県でしたが、「千葉県の知事はタレントだった森田健作さんですが、千葉県の投票率は良くない。それは千葉都民と言われる東京で働き千葉県では寝るだけの住民が多く、千葉県のことに関心を持っていないから」という話や、自分で手描きした千葉県の形のマスコットキャラクター「チーバくん」を見せながら、日本で最初の私立病院の順天堂医院(開院以来、病院ではなく医院の呼称を使っている)は佐倉市に出来たこと、日本地図を作った伊能忠敬が千葉県九十九里町の出身で、この日本地図を見て英国人は日本を植民地にすることを諦めたという話、長嶋茂雄は佐倉市の出身、江戸時代の佐倉藩領の義民木内惣五郎(佐倉惣五郎)の話、歌舞伎役者の初代市川団十郎が成田山新勝寺の近くの出身なので、歌舞伎で市川団十郎が登場すると「成田屋!」と掛け声をかけるなどの興味深い話に、すっかり千葉県のことを知ったつもりになりました。

 

 歌も歌ってくれました。小さい頃に聞いた初代コロンビア・ローズの「東京のバスガール」、そして三代目コロンビア・ローズの、東京タワーが出てくる「夢のバスガール」、上手でした。

 

 小咄やクイズでも喜ばせてくれ、常願寺川上流で生まれたという昔話「ささこじぞう」の朗読では、おじいさんとおばあさんの声を使い分け、まるで声優のような語り口でした。

 

 最終日に羽田空港に向かっているとき、「バスが走っている高速道路はJFEの敷地内を通っているが、平成14年に日本鋼管と川崎製鉄が合併してJFEとなった。JはJapan、Feは鉄の元素記号、Eはエンジニアリングを組み合わせたもの」という説明に、大学時代の柔道部同期の親友が日本鋼管に就職していたので、彼を思い出しながらこの説明を聞いていました。

 

 羽田空港の手前で、「以前通った宇奈月温泉、小川温泉、金太郎温泉、今は高速で通り過ぎてしまうけれど、トロッコで黒部峡谷を奥まで行ってみたい」と富山県の話をしてから、「一杯いっぱいお叱りを受けたことを心に留めます」との最後のことばに、こんなに楽しませてくれたのに、何と謙虚な言葉かと感動しました。「お叱り」とは、最終日の道順を、前日に自宅で模造紙に手描きした地図を使って説明した際に、旅行会社の勘違いから昼食場所を鶴岡八幡宮から歩いてさほどではない場所をプロットしていたため、実際には鎌倉の町をずいぶん歩かなければいけなくなったこと一つだけだと思います。でも、旅行会社のミスであってもきちんと謝る、プロの仕事とはこういうことなのだろうと思いました。

 

 羽田空港に着いてバスを離れるときに、秀子さんをハグして、プロに出会えた感謝の気持ちを表しました(ハグすることは、事前通告していました)。

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