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2008年10月

おくりびと

 先月のこのコラムの話題は、3連休の中日の9月14日(日)に観た映画「崖の上のポニョ」だったが、今回も10月の3連休の中日の10月12日(日)に、同じファボーレ東宝で観た映画「おくりびと」の話。
 「崖の上のポニョ」は、宮崎 駿監督作品ということで、進んで観に行ったが、「おくりびと」は、2人の知人から話を聞いて観る気になったのである。一人は、母親と一緒に観て二人で何度も泣いたと話してくれたスナックのホステスさん。彼女の話を聞き、この映画を観ておけば、次に店に行ったとき話題にできると思ったが、何としても観ようとまでは思わなかった。しかし、勉強会の席でアイバックの小沢社長から「見たら良いですよ」と2度も言われ、これは観なければいけないと思った。 
 晴天のこの日、今年も当社が協賛していた「坂のまちアートinやつお2008」に先ず出かけた。アートを観る時間より、八角時計など面白いものを沢山展示販売していた古道具屋にいた時間のほうが長くなってしまい、映画の上映時刻の3時40分が危うくなった。しかし、先月のギリギリセーフに味を占め、上映時刻丁度にファボーレに到着。そのまま映画館に直行すれば良いのに、ATM(現金自動預払機)でお金を下ろしてから3時50分過ぎに入場したら、ちょうど始まったところであった。観ている人の前を通って指定席F5に行くのがはばかられ、前方通路前の誰も座っていない一画の、前から3列目の左から3番目の席C3に座った。 
 しばらくしたら、私の席と同じC列で反対側の右の方の席に、中年のオバサンが座った。私と同じように遅れて入ってきたのかと思ったら、何と携帯電話するために後ろから移動してきたのだった。それも、怒った口調で長々と話している。よほど注意しに行こうかと思ったが、席が遠いし映画にも引き込まれていて、注意するのはやめる。その内にもう一人のオバサンが後ろの席から携帯電話中のオバサンの横に移動した。「声が大きいよ」と言っている。これで落ち着いて映画が観られると思ったら、今度は2人で話しだした。映画が面白かっただけに、こんな常識はずれの人間もいるのかと余計に腹立たしかった。 
 「おくりびと」は、ニューハーフの青年の遺体を納棺するシーンで始まる。チェロ奏者の主人公・小林大悟(本木雅弘)は楽団の解散で郷里の山形に帰り、年齢問わず、高給保証、実質労働時間わずか、「旅のお手伝い」という求人広告を見て、NKエージェントに出かけた。社長の佐々木(山?努)に仕事の内容を聞くと、「旅のお手伝い」は誤植で、安らかな「旅立ちのお手伝い」、NKは納棺(NouKan)であり、遺体を棺おけに収める仕事だと説明され、即採用になる。こうして、大悟は納棺師の見習いとなり、いろんな境遇の「旅立ち」に出会う。 納棺のシーンは、それぞれに涙や笑いを誘われ印象深かった。しかし特に印象に残ったのは、笹野高史が演じる火葬場の職員平田正吉が、銭湯のおばちゃんツヤ子(吉行和子)の棺おけを燃やす時に語った「死は門だと思います。私は門番なんです」という台詞だ。死は生の対極にあるのではなく、死の先にある世界への門だというのである。 
 5年前に老人介護事業を始めたが、これまでに、あさひホームに行った時に、「最近○○さんの顔が見えないね」と職員に尋ねると、入院されたとか、他の施設に変わられたと聞くこともあるが、亡くなられたと聞くことも多かった。2年前の1月に母を亡くした。今年の2月には、私となぜか気が合ったTおばあちゃんが97歳の誕生日のその日に、あさひホーム吉作で亡くなった。最も縁が深い母の死、あさひホームの縁で知り合ったTさんの死、そのほかにも、祖父母の死、知人や友人の親・兄弟姉妹・子供の死、同級生の死など多くの死に出会ってきた。それぞれの死に際して、悲しんだこともあれば、義理での葬儀参列もあったが、死を深くつきつめて考えることは無かった。 
 私は、「袖ふれ合うも他生の縁」という言葉が好きだ。「他生」は「今生」の対語で、前世と来世の称である。前世や来世を信じているからこの言葉が好きという訳ではなく、「縁」という言葉に惹かれるからだ。前世や来世を信じるかと問われたら、「いいえ」とも「はい」とも答えられないというのが本当のところだった。でも、「死は門だと思う」というこの台詞を聞き、「門」である死の前が今生で、死の先が来世という考えにすっと入って行けたように思う。 
 富山県生まれの滝田洋二郎監督の「おくりびと」は、第32回モントリオール世界映画祭でグランプリを受賞した傑作映画だが、私にとっては、前世や来世の存在を今までよりも信じさせてくれた映画であった。

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