ほとり座で今年は、1月から3月24日までに28本の映画を観ています。
2024年は年間126本、2025年は年間124本でした。今年は2月2日から2月20日までほとり座が空調工事のため休館だったことを考えると、今年も順調にほとり座に通えていると思います。
ほとり座の受付では上映中の映画のパンフレットの販売もしていますが、これまで55冊のパンフレットを買っています。1冊1000円か1100円なので、これまでに5万5千円は買ったことになります。中には、映画の終了後に監督や俳優、あるいは関係者が登壇してのトークがあり、そんな時はホールの外でその人がパンフレットにサインをしてくれ、「林さんへ、〇〇」と書かれたパンフレットも何冊か持っています。
今年買ったパンフレットは、2月に「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」、3月に「ポンヌフの恋」と「黒の牛」です。 買う基準は2つ。1つは面白かった、感動した映画で、監督や俳優について詳しく知り、映画評論家や作家のコメントを読んで理解を深めること、2つ目は、よくわからない映画だったので、パンフレットを読んで何を言いたい映画だったのかを理解しようというものです。
「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」は面白かった作品で、「ポンヌフの恋」は感動した作品でした。そして「黒の牛」は知人と一緒に観たのですが、観終わって「訳のわからない映画だったね」と言いあいました。
「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」は、スイスの美しい田舎町を舞台に、犯罪に巻き込まれたお針子の女性が、針と糸の力で運命を切り開いていく姿を描いたクライム(犯罪)サスペンスと、あらすじにあります。部屋の中で強盗に縛られていた時、4メートルほど離れた台に置いてあるナイフを、円錐形に丸めた紙から糸を結んだ針を吹き矢のようにして飛ばし、何度か失敗しながらも何とかナイフを糸に絡めて手繰り寄せて縄を切るシーンや、お針子と強盗の父と父を嫌っている息子の3人がレストランで食事中に、父を殺そうとした息子の拳銃を父が払いのけ床に落ちたのを、お針子がまたもや針と糸を使って拳銃を手繰り寄せて息子に渡し、息子が父親を射殺するシーン、そして、亡き母から継いだ倒産寸前の“喋る刺繍”の店に仕掛けた時限爆弾が爆発し、死んだかと思われた主人公のお針子が燃盛る店から這い出して来るラストシーンなどが今も思い出されます。パンフレットには、「奇抜で唯一無二!」、「非の打ちどころのない完璧な職人技!」などと書かれています。23歳の監督 へのインタビューも載っています。コラムを書きあげたら読みましょう。
「ポンヌフの恋」は、フランスの鬼才レオス・カラックスが「ボーイ・ミーツ・ガール」「汚れた血」に続いて手がけたラブストーリー。孤独な大道芸人アレックスと、失明の危機にある女画学生ミシェルが織りなす、痛烈で鮮烈な純愛物語と解説にあります。ポンヌフ橋や街並みの洒落た映像に見とれ、流れる音楽に心を洗われましたが、その前に観た「汚れた血」と同じ男女の俳優だと知りました。
そして香港国際映画祭グランプリ受賞作品の「黒の牛」。私にとっては訳の分からない映画についてパンフレットのコメントには「内なる宇宙と森羅万象。禅に伝わる『十牛図』から紐解く、大いなる円環」とますます難解な言葉から始まります。蔦監督は「この物語はかつて狩猟採集民として生きていた男が近代化の波の中で農耕民となって生きる過程で、自然の神々や精神生とのつながりを失っていく姿を描いています。」と述べ、「孤独に生きる男の前に現れる<牛>は、彼の内にずっと存在していた『死』の象徴ともいえます。」とさらに難解な言葉を連ねます。これも帰宅してからパンフレットをじっくり読まなければいけません。
55冊のパンフレットは、表紙を見ただけで映画の内容を思い出だせるものもあれば、俳優の写真やあらすじからストーリーを思い出せるものもありますが、お宝ものと言えるパンフレットを2冊見つけました。1冊は今週で終わるNHKテレビの朝の連続ドラマ「ばけばけ」のヒロインおトキを演じる髙石あかりが、脱力系殺し屋を演じる「ベイビーわるきゅーれ」、もう1冊は、ほとり座で唯一上映中に2回見た「こちらあみこ」です。しかしどちらも買っただけで読んではいませんでした。このことはすべてのパンフレットに言えます。このコラムを機に1冊ずつしっかり読んで、映画を観た時の感動を思い出そうと思います。よい睡眠薬になりそうです。
昭和40年(1965年)に東北大学経済学部にお互いに現役で入学し、柔道部に2人とも初心者で入部し、一年留年しての卒業も一緒だったWさんが、数年前に肺がんを患い闘病生活を続けていましたが、2月5日に79歳で亡くなりました。私と同い年でした。2月2日(月)に、経済学部も柔道部も同期のOさんから、「今日、(同じく同期で理学部出身の)Kと2人で川崎市の新百合ヶ丘総合病院に入院中のWさんを見舞ったが、意識がなく危ない。林も見舞いに行くなら早い方がいいよ」と電話が入りました。
前回Wさんに会ったのは昨年の4月で、東京での会議を終えてからKさんと2人でご自宅を訪ねました。奥さんの話では、Wさんの体重は80㎏以上あったのが65㎏になってしまい、自分からは全く何も話さない。読書家で詩を書きもしていたのに本も読まず、テレビで昭和歌謡曲を聴き、フーテンの寅を観るだけとのこと。WさんはKさんの名前は言えるのに、私が「僕の名前、分かるか?」と聞いても、「おもろいやつやったなあ」と答えるだけでした。しかし、Kさんや私と一緒にビールやウイスキーをしっかり飲んでいました。
Wさんの柔道については、柔道部の部誌に掲載の卒業生プロフィールに、上手く記されています。
この人ほど「寝技の醍醐味」を満喫させてくれる男はいない。(中略)ことの真偽はともかく、大学に入って初めて柔道を始め、お通ふり切る武蔵のごとく寝技一筋に精進を重ね、自らの肉体を痛めつつ一つの形に到達したことは、誰しも範としなければならぬことだろう。相手をぐっと引きつけ、後ろ帯を取り、その剛力と技でもって返し、縦四方固めなり横四方固めに入る独特の形は、新入生の羨望の的となるが、それとて決して一朝一夕に成ったものではないのである。(後略) Oさんからの電話を受けて、仕事の予定がなかった2月4日(水)に、病院にWさんを見舞いました。事前に奥さんに伺うと言っていたので、奥さんも病室におられました。面会時間は30分と限られていましたが、4時から40分ほど病室でWさんに会いました。酸素マスクを着け、点滴をされ、目は半開き。痛み止めにモルヒネを投与しているとのことでした。耳は聞こえるとのことなので、帰り際に私はWさんの手を握り、詮無いこととは思いつつ耳元で、「来年の傘寿を一緒に祝おう」と話しかけました。11時過ぎに帰宅した直後に奥さんから「林さんに会って安心したのでしょうか、危篤の連絡が入り病室で付き添っています。本日は遠いところおいでくださいまして感謝申し上げます。」とLINEで連絡がありました。
そして翌朝8時に奥さんから「只今息を引き取りました。取り急ぎご連絡いたしました。」とのLINE。
Wさんは読書家で、「林、太宰読んだか」というので、「斜陽」、「人間失格」、「走れメロス」などを読んでいたら、Wさんは「太宰は古い。坂口安吾を読め」と言うのです。聞いたことのない作家でしたが、太宰と坂口は戦後の日本において「無頼派」と」言われた文学的盟友で、「桜の森の満開の下」、「白痴」、「堕落論」などを読みました。Wさんと知り合わなかったら、坂口安吾の作品を読むことはなかったでしょう。
Oさん、Wさんと私の経済学部の3人は、教養部時代は学生服に角帽、そして下駄履きで学内を闊歩していました。柔道部の稽古が終わると一番町のビアホールに駆け込んで、大ジョッキを一気に飲み干していました。Wさんは、高倉健が好きで「網走番外地」を良い声で歌っていました。何もかもが懐かしい思い出です。覚悟はしていましたが寂しくなりました。
昨年の12月のこのコラムのタイトルは「のはらうた版画カレンダー」で、コラムの最後に「いかがですか。どの詩も前向きで明るく楽天的ですね。私はあまりくよくよする性格ではありませんが、時には落ち込むこともあります。ちょうど7枚なので枕元に置いておき、一週間、毎朝1枚声に出して読んでから着替えて、犬の散歩に出かけようと思います。きっとその日一日、楽しくなることでしょう。」と書いていました。でも、こんなことを書いたことはすっかり忘れ、全くやっていないことに気付かされました。そこで、今年の目標に「朝目覚めたら、のはらうた版画カレンダーを読んでから犬の散歩をする」を加えます。
さて、我が家の犬のクロスケですが、2009年9月2日生まれの16歳で、このコラムで何度も取り上げています。
2022年11月の「グレーとクロ(スケ)では「(私は)あと5年で80歳、その時クロスケは18歳。最近ネットで20歳まで生きられるとうたったプロテインの白い粉を、高価でしたが買いました。クロスケ、20歳まで生きろよ!」と書いています。
2024年9月の「タローとクロスケ」では、「まだ15歳なのに、朝晩の散歩の時間以外は、玄関の中で寝ています。一日に22時間は寝ているだろうと思います。玄関の外にいるときは、門の所に宅急便の配達員がやってくると大きな声で吠え、配達員か来たことを妻に知らせてくれます。私にとっても、朝の40分ほどの散歩は良い健康法です」と書いています。しかし今では、宅急便の配達員がやってきても全く吠えません。
昨年の秋、散歩中に近所の顔なじみのご夫婦に会いました。ご主人が「背中が曲がりましたね」と言われるので、「もう78歳ですから」と答えると、「いえ、クロちゃんです」と言われました。腰の曲がった老人が腰の曲がった老犬と散歩している様子は、「似たもの夫婦」ならぬ「似たもの人犬」に見えることでしょう。
散歩に出かけるために、玄関で寝ているクロスケにリードを着けようとする時、後ろ脚が弱っていてスッと立ち上がれません。そこで両手で体を持ち上げて立たせます。それから赤いハーネスをつけ、そのハーネスにリードをつけます。1月17日の土曜日の7時半過ぎ、玄関を出てからリードを着けようと思いクロスケを玄関から出したところ、リードを着ける間もなく門の手前で右に曲がり、庭に入っていきました。直ぐに追いかけたものの庭にはおらず、離れの玄関から外に出た様子。いつもの散歩コースを歩いてみましたが見つからず、次女の車で15分ほど走ったものの見つかません。8時過ぎからは、妻と一緒に妻の運転で花ノ木方面まで小一時間探し回りましたが見つかりません。妻は「これで、お別れかな?」と言います。帰宅して風呂に入っていたら、長男が「クロスケ、見つかったよ」と声をかけてくれました。自分の不注意でクロスケと生き別れになったと落ち込んでいたところにこの報告、目の前が明るくなる思いでした。
クロスケが見つかったのは、私たちが探していた我が家の南側に一面に広がっている梨畑の方ではなく、自宅前の道を梨畑とは反対に北側の県道戸出小矢部線に向かうと、県道の手前にある道から階段で降りていく小さな公園のブランコの所とのことです。生い茂っていたツタにリードが引っ掛かり、鳴いているのを公園の北側に建っている家のご主人が見つけて、呉羽交番に電話されたそうです。奥さんが、林さんの家の犬ではないかと我が家に向かっていた時、妻から連絡を受けていた近所に住む長女が鳴き声を聞いて家を出たところで奥さんに会い、公園にいると聞いて娘の夫が公園に出向きクロスケを抱きかかえて我が家に連れてきてくれました。
1月12日の成人の日の朝は積雪が2cmほどありました。梨畑に沿っていつものコースを歩いていたら、道を横切るキツネの足跡にクロスケが反応し、立ち止まって足跡の匂いひとつずつ嗅いでいました。犬の嗅覚は人間の数千倍から一億倍も優れていると言われますが、年をとっても嗅覚は衰えていないのだなと少し安心しました。
一昨日21日は降雪の中、出がけに「お互い元気でいようね」と声をかけてから散歩しました。今回の脱走騒ぎの後、クロスケは家族の一員だとの思いが強まりました。毎朝の散歩を大切にしたいと思います。