折り返し点

2026.08.25

 富山新聞の文化面に「潮間帯」というコラムが毎週1回掲載されます。6月29日の「潮間帯」は「折り返し点」というテーマでした。

   

 私のパソコンに置いている「潮間帯」のフォルダーには、2020年4月2日の「飾り気のない卒業式」から8月17日の「永遠の未完成」まで43回分入っていました。今月のコラムを書くにあたり「飾り気のない卒業式」を読み返してみたら、日本で新型コロナウイルスの感染が始まった年の「声掛け」や合唱の無い卒業式の光景に、「卒業式とは本来、人生の節目に自分自身のこれまでとこれからとを見つめなおす儀式だ。その時間さえきちんと持てれば、それは最高の卒業式だったと胸を張ってよいのではないだろうか。」と書かれていました。なかなか良いコラムだと思い文末の筆名(ペンネーム)を見たら、「さし-」と書いてありました。

   

 「折り返し点」の筆名は「綾の鼓」という優雅な筆名でした。他にどのような筆名があるかとチェックしてみたら、何とも愉快な筆名もありました。

   

 「知縁児(チェンジ?)」、「蠕動」、「紫雲英」、「手風琴」、「鈴の緒」、「冬扇坊(通せん坊?)」、「名無師(名無し?)」、「大野郷」です。

   

 8月17日の「永遠の未完成」は「冬扇坊」さんです。スペイン、バルセロナのサクラダ・ファミリア教会の主塔の完成の記事から、「凡ての芸術家は永遠を目指すと言えば、言い過ぎかもしれないが、無意識のうちに神の領分に手を掛けようとしているのではないか。」と記し、続けて、「このような芸術の持つ根源的な矛盾や宿命に断案を下したのが宮沢賢治である。『永久の未完成これ完成である』と『農民芸術概論綱要』で述べている。」、と私が最も尊敬する作家宮沢賢治の言葉を引用しています。

   

 さて「折り返し点」です。

「今日は6月29日、1年をふたつに折ると、ちょうど折り目のあたりの日である。サッカーやラグビーといったスポーツでは、ハーフタイムの休憩が入る時間である。」(中略)「マラソンではロードコーンが置かれた折り返し点があって、選手たちがそこを通過する様子が中継されたりしているが、決してそこが真ん中という意味ではないらしい。しかしいずれの場合も、折り返し点はそこで気持ちを入れ替え、新しくするものである。心の向きを、変える場所なのである。」

   

 「ところで私たちは、時の流れの中を漂う旅人なのだから、この世のことを終わりから眺めることはできない。だから人生の折り返し点がどこなのかは、遠く過ぎ去ってみて、はじめて知ることができることである。(中略)人生の折り返し点は、暦ではなく、おのれ自身が決めることなのだ。そしてその決定に従って、心の向きを変えるのだろう。」

   

 「1年の折り返し点に立って振り返ってみると、これまでに経験した小さな折り返し点を思い出す。(中略)そんな瞬間は、誰の人生にもそっと訪れる。心が揺れたそのときこそ、折り返し点なのだ。向きを変えるか、そのまま進むかを決めるのは、暦ではなく自分自身である。私たちはそれぞれの心のなかに、折り返し点を作りながら生きているのかもしれない。」

   

 私は来年1月に80歳、傘寿を迎えます。引用がずいぶん多くなったのは、自分もこれまでに一体いくつの折り返し点を経てきたのかと思いながら読んだからです。入学、卒業、初恋、昭和45年の就職、昭和50年の当社への入社、数々のお見合い、31歳での結婚、親になったこと、両親や弟の死、専務を経て社長になった44歳、57歳の時に、山口組がバックの中国人窃盗団に会社の金庫を破られ6678万円の手形を盗まれたものの、羽田空港で私と犯人とが手形と現金を交換した後、犯人の2人を現行犯逮捕し、これは全国の警察で富山警察署が初めての逮捕だったことなど、その後に向きを変えたり、そのまま進んだりした大きな折り返し点は直ぐに思い出せます。しかし、今回紹介したコラムに書かれているような小さな折り返し点は毎日あるのだけれども意識していなかったのだと気づかされました。もっとも、これも折り返し点、あれも折り返し点などと思っていたらノイローゼになってしまうでしょう。寝る時に、今日の一日を振り返る、そしていろんなことを思い出す、その思い出したことが折り返し点なのでしょう。

   

 只今午後6時20分。総務部のドアの鍵を閉めて帰りましょう。これも、仕事から家庭への折り返し点ですね。

一筆啓上大賞 天国の母に宛て

2026.07.27

 今年の1月23日の富山新聞に、日本一短い手紙のコンクール「第33回一筆啓上賞」の大賞が22日、発表され、金沢市大野町小3年の山口結衣さん(8)らの5作品が選ばれたという記事が載っていました。

   

 この一筆啓上賞.は、福井県坂井市が平成5年(1993年)に創設し、以降34年に渡り毎年、心のこもった日本一短い手紙を募集しています。このコンクールは、徳川家康の家臣が戦陣から妻へ送った短い手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」にちなんで始まり、1〜40文字の手紙形式で毎年異なるテーマで募集されています。

   

 今年のテーマは「失敗・成功」で、応募数 35,152通 入賞者数 157篇でしたので、山口さんの作品は、35,152通もの応募作品から選ばれたベスト5の作品ということになります。

   

 山口さんは亡くなった母に宛て、「漢字テスト『手紙』を『毛紙』と書き、ばあばが温かい手紙だねと笑ってくれた。」と書きました。

   

 祖母の田辺小登美さん(66)によると、漢字テストに「毛紙」と書いたことで100点を逃す「失敗」をした山口さんに、田辺さんが「毛が生えたふわふわの手紙だね」と声を掛けたひとときを表現したということです。山口さんは5月に福井県で行われる表彰式を楽しみにしていて、「家族みんなで福井に泊まりたい」と喜んでいたと記してありました。

   

 山口さんは、私の孫娘と同い年です。お母さんはいつ亡くなったのでしょうか。家族みんなで福井に行きたいとあるので、お父さんや兄弟姉妹、祖父母と行こうと思っているのでしょうか。山口さんの作品を読み、彼女の将来はきっと明るいものになると思いました。

   

 第1回新一筆啓上賞 日本一小さな物語「母」との往復書簡では、

(往)「子から母へ」お母さんへ 私はしばらく家出をします。探さないでください。(中3女子)

(復)「母から子へ」 いってらっしゃい。晩ご飯までには帰ってくるのよ。今日はハンバーグだから。

   

第2回新一筆啓上賞 日本一小さな物語「家族」との往復書簡では

(往)「ひいおばあちゃんへ」 ひ孫の由香です。分かりますか。今日は一体何歳なんですか。(中3女子)

(復)「ひいおばあちゃんから」 私には、ひ孫なんていませんよ。だってまだ結婚もしていませんのに。

   

《添書き》ボケてしまって、毎日年令の変わるひいおばあちゃんに手紙を出してみたら、娘すら生まれていない結婚前まで、もどっていた。

   

第3回新一筆啓上賞 日本一小さな物語「愛」の往復書簡

(往)「お母さんへ」 「ねつあい」ってなあに?(小3男児)

(復)「息子へ」 お父さんとお母さんのこと。

《添書き》たまごっちで遊んでいて、「ねつあい」というのが出てきたそうです。息子はどんなふうに意味を解釈したでしょうか?

   

 それでは、私の一筆啓上です。

毎朝仏壇の祖父と父の写真に向かって、「朝日建設三代目社長の俺、仕事頑張ってるよ」

うれしい出会い、あれこれ

2026.06.25

 富山市総曲輪の浄土真宗本願寺派本願寺富山別院(通称 西別院)の西側を南北に走る通称別院通りに、西別院を大家さんとして6軒の店子が店を構えています。その一番北側に、私 の長男のYが営む民芸店「林ショップ」と「スケッチ」があります。

   

 「林ショップ」と「スケッチ」では皿や茶碗や酒器などを扱っていますが、「林ショップ」は2010年1月9日に開業しました。開業のきっかけは、私の母がよく訪れたくさんの品物を買っていた「きくち民芸店」の店主のKさんから2009年12月に「年なので店を閉めようと思っているのだが、Yさんが店を継ぐ気がないだろうか」と私に話しかけられたことでした。長男は金沢市立金沢美術工芸大学で環境デザインを専攻し2003年に卒業しました。卒業後は写真撮影が好きだったので東京の写真現像所でアルバイトをしていました。しかし時代がフィルムからデジタルに変わったことから現像所が閉鎖し、写真を撮りながらアルバイトをして暮らしていました。そこへKさんからの話。Yに話したところ「やりたい」ということで年内に富山に戻り、祖母の命日の1月10日の前に開業したいとの思いから命日の1日前の1月9日に開業したのでした。「林ショップ」の名前は、東京の老舗の民芸店「柳ショップ」に倣ってつけたものです。

   

 開業当初は、Kさんが商品を仕入れていた栃木県の益子窯にKさんの車で連れて行ってもらって窯元の人たちに紹介してもらい、買い付けて来ました。今はYが車を運転し、全国へ買い付けに行っています。

   

 「林ショップ」の左隣りにはかわいい石や雑貨品を扱う「いしころや」という店がありましたが、店をやめることになりYが後を引き継ぎ「スケッチ」と名付けました。

   

 さて、時々林ショップで買い物をする北日本新聞社の人にYが「北日本新聞で随筆を書いてみませんか」と2018年に声を掛けられ引き受けました。そのタイトルを何にしようかと考えていて思いついたのが、私の社内報のコラムのタイトル「見たり聞いたり出会ったり」でした。ここから「うれしい出会い、あれこれ」が生まれたのです。この連載は、月に一度第4金曜日に、4年近くにわたって46項が掲載されました。そして、この度Yの友人であるグラフィックデザイナーの高森さんからこの連載の書籍化を提案され、新たに2項を加えて5月に自費出版しました。1冊1,650円で1,500冊印刷しましたが、新聞に掲載した時より写真が増えていて、見ごたえがあります。15項の「長さんと姪っ子」には、物語が予想もつかない展開をする絵本作家の長新太さんの作品と、私の孫が3歳になる前のころ、我が家にやって来て長さんの絵本をビックリするほどすんなりと受け入れ気に入ってくれたこと、そしてソファーで足を投げ出して居眠りしている私の靴下にYちゃんがおもちゃのトンカチをこっそり入れて遊んでいるのを見て、Yちゃんが長さんの絵本に何の違和感もなく入っていけることに合点がいったと書いています。

   

 また9項は2019年5月24日掲載の「緑と光の5月」では、我が家の庭で見つけた不思議な模様の葉を調べたらアオキという常緑低木であったこと、そして葉には同じものは一つもなく、同じ瞬間も一度もないと結んでいます。この随筆は、原稿の締め切りが迫っているのに何を書いたらよいかと悩んでいた時に、たまたまYが寝室から庭に出て見つけた葉のことを書いたものです。彼が悩んでた様子が懐かしく思い出させられます。

   

 この本は「林ショップ」で販売していますが、今週は6月22日から26日まで広島にガラスの器を仕入れに行っています。今年はどんなガラスの器を仕入れてくるか楽しみです。

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