5月14日の休業土曜日に総曲輪の映画館「ほとり座」で、アメリカのミュージカル映画「巴里のアメリカ人」を観ました。今月「ほとり座」で観た6本目の映画で、今月末の28日土曜日には午前と午後連続で「ぼけますから、よろしくお願いします。〜おかえりお母さん〜」と「テレビで会えない芸人」、翌29日にもジャズの短編を2本観るので月間10本「ほとり座」で観ることになります。
手帳をチェックすると4月は5本、3月が11本、2月に1本、1月も1本でした。「ほとり座」以外の場所で観たのは3月にインテックビルで観た「おかえり、はやぶさ」だけです。
いつ頃からどんなきっかけで「ほとり座」でこんなにも多くの映画を観るようになったのか興味が湧き、去年の手帳で日付と映画のタイトルをチェックしました。すっかり内容を忘れスマホで検索して思い出した作品もあれば、印象が深くほぼ内容を思い出せる作品もありました。
去年は年間に17本で、最初に観たのは1月の「陶王子2万年の旅」、陶磁器の2万年におよぶ歴史を通して壮大な人類史をひも解く(解説より)映画でした。では、なぜこの映画を知ったのかと振り返ろうと、毎月「ほとり座」のスケジュールを郵送してくださる樋口裕重子(ひぐちゆちこ)さんとのMessengerでのやり取りを遡ってチェックしました。
樋口さんは「ほとり座」のプログラム編成責任者として毎月の上映作品を決めている女性で、長男が「ほとり座」の近くで営む民芸店「林ショップ」の店番も週に1日してくださる方です。チェックの結果、一昨年2020年11月にブラジル映画「ぶあいそうな手紙」の上映日と上映時間を私が尋ねていました。さらにチェックしたら、2019年の12月に、やはり「林ショップ」で週に1日店番をしてくださる、長男と金沢美大で同級生だった女性が射水市で営む小さな文化施設「LETTER」で上映した「典座(てんぞう)」を、樋口さんに紹介されて観に出かけていました。
今年観た映画もどれも良くて、藤井市長にも薦めたいと思った1月の「ボストン市庁舎」、3月の介護施設の運営をめぐるスリラー/コメディ「パーフェクト・ケア」、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(去年見た濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」と共に今年のアカデミー賞受賞作品)、テストや宿題のない実在の小学校を描いた「夢みる小学校」、東京の下町を舞台に、人間の生や死に実感のない若者が不思議な女性との出会いを通して命の重みを知る姿を、切なくも幻想的に描いた物語(解説より)「リング・ワンダリング」、4月30日に観た、私が好きな女優薬師丸ひろ子の「探偵物語」と5月に観た「ねらわれた学園」、浅野温子の「スローなブギにしてくれ」、重い持病を抱える高校2年生の由希と悪い噂のある麻希との物語「麻希のいる世界」、小松左京の同名SFを原作とする1980年の深作近二監督、草刈正雄出演で、現在のコロナパンデミックを予言するかのような「復活の日」、そして1951年のジーン・ケリー扮する米国人が巴里娘に恋をする「巴里のアメリカ人」です。
「ほとり座」以外でも映画を観る予定があります。6月26日に「サンフォルテ」で上映される平均年齢72歳のチアリーディング・チームが世界を驚かせた奇跡の物語「チア・アップ!」や、6月11日に開催のアレッセ高岡フィルムフェスティバル(富山県内の外国ルーツ/日本人の高校生が制作する10分間の映画「高岡事件」と3本の映画)です。他にも「林ショップ」で長男が知り合ったフランスで映画監督をしている水橋出身の平井敦士さん(地元富山で撮影した「フレネルの光」がスイスのロカルノ国際映画祭にノミネートされ、東京のショートショートフィルムフェスティバル&アジア2021でグランプリ獲得)が、私も協賛金を出して製作中の「ゆ(仮)」があります。
長々と書き連ねました。中には後味の悪い映画もありましたが多くの映画からこれまでの幸せで平穏といえる私の人生とは異なった世界を知ることで、それが映画の世界ではあっても考えさせられることが多くありました。また、富山に居ながらにして、旅し冒険し恋もすることができます。
最後に、私の知人がこれまで観た映画の中で一番好きなのはイタリア映画「自転車泥棒」だと話していました。近日中に観たいと思っています。
2016年から富山大学経済学部で、富山新聞文化センターの寄付講座「現場の経営学:地域企業の経営者から学ぶ」の講師を務めていて、近年は、人文学部の学生も出席しています。新型コロナウイルス感染を避けることから、―昨年は前年の私の講義の録画を観てもらい、昨年は新田知事の講義の翌週4月21日(水)に2番バッターとしてオンラインで講義を行いました。今年も講師を依頼され、4月13日(水)にトップバッターを務めました。
この講義の依頼は、代表講師の中村哲夫さんから今年の1月13日にショートメールで依頼され承諾していました。ところが4月12日(火)の正午前に中村さんからショートメール「明日、13日、富山大学での講義、宜しくお願いします」。私は「あらら⁈」、講義することを手帳にもサイボウズの予定にも記入していなくて、すっかり忘れていたのです。この日は1時半までロータリークラブの例会、3時半から5時まで安住町県庁前地区再開発協議会の定例会、その後6時から懇親会です。懇親会で飲まずに帰社して会社で講義の資料を作るという選択肢は呑兵衛の私にはなく、「明日は1時間ほどの本部長会議だけだから、それ以外の時間に資料を作ろう!」と開き直りました。
13日の当日、朝6時過ぎに毎日の犬との散歩をしながら、講義のタイトルは一昨年までの「私の経営観」を昨年「経営者として46年」としたのでこれを踏襲して「経営者として47年」とし、講義の内容は、スライドの順番を変えることと新たに追加する内容を考えました。
出社してからは昼食も取らずに16時までかかって作り上げたスライドを使って、16時40分から富山大学経済学部の301教室で講義を開始しました。スライドはこれまでのものをほぼ流用するものの順番を変え、最初に私個人の経歴と会社の近年の経営状況や工事実績などを紹介した後、新たに私が尊敬する3人として、アイバックの小沢社長、HALシステム設計の安中社長、そして故人ですが中村天風師について紹介しました。小沢社長の勉強会での学びから当社の経営理念が出来たこと、安中社長と知り合ったことでクッションゼロ(CZ)式原価管理や基幹業務システムのHAKRA(現ALDE)が導入できたこと、そして中村天風師が語る絶対積極(ぜったいせつぎょく)の精神を自分の信条としているとし、天風師が語ったいくつかの言葉を紹介しました。
その後はこれまでのシナリオを使って、「アンパンマンマーチ」の歌詞の「何の為に生まれて何をして生きるのか」は生きる目的を問うているのであり、中村天風師の言葉「ばい菌一匹でも、目的無くこの世に出てきたものはない。」という言葉と、日野原重明先生の小学5年生への「いのちの授業」での「いのちとは時間であり、肝心なのはそれを有意義に使うこと」という話をして目的について考えます。そこから、働くという字は漢字ではなく、端・楽であり、端、周りの人を楽にする、即ち、他人の役に立つ、世の中の役に立つという意味の和字、国字だと解説し、私が作った方程式「有意義に生きる=働く」で締めくくりました。
次にスライドは一転しこれまでの女性技術者採用の歴史を年表で映し出してから、Tさんと、一昨年退職したSさん(旧姓:Kさん)のインタビュー記事での彼女たちの建設工事の遣り甲斐についての言葉を紹介し、合わせて昨年8月から2カ月ごとに当社の社員が登場している新聞広告を、Tさん、Kさん、Iさん、Oさんの追加のスライドで見せました。それを受けて土木の意義を、Civil Engineerling(土木)、Infrasutructure(社会資本)、イギリスの天文学者ハーシェルが言った「I wish to leave this world better than I was born.」(われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくして往こうではないか)で説明しました。
次に、毎回ですが吉田松陰の言葉「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。」を踏まえて、私の夢は2040年、私が93歳の時に行う朝日建設100周年パーティーに、2017年1月に生まれ23歳になっている初孫の「ゆき」に振袖を着せて出席し立派なスピーチをすること、理想は朝日建設がしっかり存続していて、今よりも立派な会社として世の中の役に立っていること、計画は3年ごとの中期経営計画を繰り返して、2039年(創業99周年)に至ること、実行は毎年確実に中期経営計画を進めることであるとし、中期経営計画とVISION2021での「3C」(Chance、Challenge、Change)を説明し、私が入社以来これまでに行ってきた多くのチャレンジの事例を紹介しました。
最後に、今年の新入社員教育で「社員に求めること」として、私が愛してやまない映画「男はつらいよ」でフーテンの寅さんが語る人生語録を引用して、考えることと行動すること、そして再び中村天風師の言葉「この世、この時、人間に生まれてきたのは、人の役に立つために生まれてきたんだよ」を引いて、役にたつためには観察することの3つについて話して、17:50に講義を終えました。
講義を終えての質問時間では人文学部の2年の女子学生から「ニートで引きこもりになっているような人は、世の中の役に立っているのか?」と質問されました。私は、植物人間状態だった母を病院に見舞ったときに私が発した言葉「こんなになって、なんで生きているのかな?」に対する女性看護師さんの「人間が生きているのには、必ず意味があります」という言葉で、小さい時から母が子供たちに注いでくれた愛情を私が思い返し感謝することができたことが、母が植物人間になっても生きている意味かと考えた。同様に、どういう環境でニートになったのか、江戸時代にはニートはいなかったと思うがなぜ現代ではニートが生まれるのかと、そのように社会の変化を考えさせてくれることが役に立っていると考えることもできるのではないかと答えました。
帰り際に代表講師の中村さんから「今日の講義はスカッとしていて、これまでで一番良い出来でしたね」と言われ、私も、今回はなかなか良くできたと自己評価していたので、そうかと嬉しく思いました。これは、切羽詰まりながらも必死に内容の変更を考え、時間ギリギリまで、これでいいとせずに手を入れたことの結果だと思いました。「諦めが肝心」という言葉は、私の辞書から抹消しましょう。
3月6日の日曜日、総曲輪のほとり座で「禁じられた遊び」を観ました。
映画は第二次世界大戦下の1940年6月、ドイツ軍から逃げるためパリから車や馬車で逃げてくる多くのフランス人の行列、それを機銃掃射するナチスドイツの戦闘機の場面から始まります。映画のチラシに書かれているあらすじは「第二次世界大戦中のフランス。ドイツ軍によるパリ侵攻からの避難途中、5歳の少女ポーレットは爆撃により両親と愛犬を亡くしてしまう。ひとりはぐれて、子犬の亡きがらを抱きながら彷徨ううち、11歳の農民少年ミシェルと出会う。ミシェルから死んだら土に埋めるのだ、と知らされたポーレットは子犬を埋め、お墓を作り十字架を供える。それからは、お墓を作り十字架を供える遊びがすっかり気に入り、この秘密の遊びのために二人は、十字架を集め始め、ついに教会や霊柩車からも十字架を持ち出すようになってしまうのだった・・・・。」
映画の冒頭の空爆するナチスドイツの戦闘機と逃げ惑う人々のシーンは、2月24日にロシアのプーチン大統領がウクライナで全面戦争に踏み込み、その後日増しに戦闘が激しくなったウクライナの悲惨な状況を報道するニュース映像と否応なく重なりました。ロケット弾が撃ち込まれて炎をあげながら崩れ落ちる集合住宅、黒煙を上げて燃える戦車や乗用車、幼い子供を抱きかかえた母親が子供二人を失ったと嘆き悲しむ姿、ポーランドへ逃れるスーツケースを抱えた人々。
ウクライナ検察当局は19日、死亡した子どもは少なくとも112人、怪我した子どもは140人以上と伝え、「ロシア軍に包囲されているウクライナ南東部マリウポリ市の当局は20日、住民400人が避難していた芸術学校に、ロシア軍が19日に爆弾を投下したと発表した。避難していたのは主に女性や子ども、老人だという。市当局は、建物が破壊され、多くの住民ががれきの下敷きになっているとしている。」というニュースに、「禁じられた遊び」の1940年から82年後にこのような戦争が現実として起きている事実に、平和な日本に暮らす私には身の危険は感じていなくても心を寄せなければいけないと思い、毎年年末に寄付をしている「国境なき医師団」と「国連UNHCR協会」に「ウクライナ支援」として追加の寄付を行いました。
さて、「禁じられた遊び」で、ミシェルは嘘をつきます。馬に蹴られて寝込んでいたミシェルの兄が亡くなり、ミシェルは父が用意した霊柩車から飾りの十字架を盗むのです。十字架が消えていることに父が気づいてミシェルを問い詰めると、ミシェルは隣人がやったのだと嘘をついて言い逃れをしました。 映画から現実に戻すと、プーチン政権はたくさんの嘘をついています。3月2日の日経新聞に“プーチン政権が重ねた「嘘」”という記事が載っていました。
① プーチン政権:ロシア系住民が多い東部でウクライナ軍がジェノサイド(集団殺害)
➡ 欧米・ウクライナ:国際機関の指摘なし。1.4万人死亡の東部紛争はロシアの軍事介入が原因。軍事侵攻を正当化するために作られた恐れがある。
② ウクライナ軍が東部住民の攻撃を計画
➡ ウクライナ軍は防衛目的で戦闘を展開。東部の親ロ派が「攻撃迫る」と避難を呼びかけた動画は発表2日前に作成。
③ ロシア系住民を保護するための軍事作戦
➡ ウクライナがロシア語を話す住民を迫害した事実や国際機関の指摘なし。侵攻でロシア軍にも多数の死者。
④ ウクライナが核配備を計画
➡ 1994年、ウクライナはロシアと米英との「ブタペスト覚書」で安全の保証と引き換えに核を廃棄。この覚書は14年のクリミア併合やウクライナ東部侵攻でほごにした。
⑤ ロシアは軍事施設しか攻撃していない
➡ 住宅や幼稚園に砲撃。子どもを含む民間人の死傷者多数。病院への空爆も「病院は兵士が使っていた」などとして、医療機関への攻撃を禁じた国際法違反にはあたらないとの立場を貫く。
⑥ 侵攻する意図はない
➡ 事前に入念に計画か。「軍事作戦」発表前に複数の都市を攻撃。
⑦ 欧米が紛争に向かわせている
➡ 欧米は外交解決を訴え。侵攻を受けドイツなどは武器供与に方針転換
⑧ NATOが東に拡大しないとの口約束を破り、ロシアの脅威に
➡ NATOは防衛目的の同盟。ウクライナなどを念頭にした不拡大の約束があったかどうかに疑問。
この記事を読む限り、プーチン政権の嘘は、ミシェルのようにとっさについた嘘ではなく、ロシアの戦争を正当化するためにすぐばれるような噓を悪知恵を働かせて作った嘘だと思いました。
映画の最後は、多くの人であふれる駅に連れてこられたポーレットは、人ごみの中から「ミシェル!」と呼ぶ声が聞こえて、その声にハッとしたポーレットは涙して「ミシェル!」「ミシェル!」と叫びながら探しに行きます。しかし人違いで、彼はいませんでした。ポーレットはママとミシェルの名を泣き叫びながら走り出し、雑踏の中へと姿を消していくのです。
このシーンに涙し、ウクライナの惨状に涙している私です。