「玉磨かざれば光なし」と言うけれど

2021.09.24

「玉磨かざれば光なし」とは、「どんなにすぐれた才能があっても、学問・修養を積まなければ立派な人物になれないということ」(明鏡国語辞典)です。これは当社営理念の2番目「朝日建設は、人を経費ではなく成長する資源と考える。」に通じます。この理念の解説にあるように、人(社員)は学歴や男女の別などに関係なく成長目標の明確化と人財育成の実施によって成長できるということであり、この成長した社員によって経営理念の1番目「朝日建設は、建設事業とその関連事業を通して世の中の役に立つ。そして、ふるさと富山を発展させる。」ことができるのです。


 しかし、玉がなければ磨けないように、成長させようにも人(社員)がいなければ成長目標の明確化も人財育成の実施もできません。当然のことであり、そのために採用活動が重要になります。


 
 さて当社はこの度SDGs経営に取り組むことにしました。SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」持続可能でよりよい社会の実現を目指す世界共通の目標です。2015年の国連サミットにおいて全ての加盟国が合意した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で掲げられ、17の目標と169のターゲットから構成されいます。SDGsの目標に照らし合わせながら当社の課題をあぶりだして解決に向かって行動したり今後の成長分野への参入を考えたりしたいと思います。


 当社はこれまでいろいろ新しいことに取り組んできました。PDCA(Plan、Do、Check、Action)の仕組みを作ることが大きなメリットのISO、東日本大震災を機に災害にあってもいち早く事業を再開するためのBCP事業継続計画(Business Continuity Plan)、工事原価管理と一体化した財務システムのHAKRA(現在は後継のALDE)、また、レモンイエローのコーポレートカラやー女性技術者の採用、3年ごとの中期経営計画の策定、絶対人事評価、選択定年制など数え上げるときりがありません。SDGsを学び始め、これらの取組みはSDGs経営の目標のいくつかの実践であったと思いました。


 しかし今や小学校でも取り組んでいるSDGsです。SDGs宣言して社外に情報発信していない企業は、採用活動において最初から負けたも同然だと思います。ですからSDGsの目的は前述の通り当社の課題をあぶりだし、解決に向かって行動したり今後の成長分野への参入を考えたりすることですが、SDGsを採用の手段にしない手はありません。


 今日、全ての企業の最重要課題は採用であると言っても過言ではありません。そして採用活動は採用担当者だけが行うものではなく、社員の皆さん一人ひとりの言動も採用活動です。会社訪問してきた学生さんをニコッと笑顔で迎えていますか?


 私が尊敬する中村天風師は「百歩譲って、いくら磨いても玉にならないとしてもだよ、磨かない玉よりはよくなるぜ。ここいらが非常に味のあるところじゃないか。」と言っています。宝石の原石ではなく普通の石であっても、先ずは手にして磨きましょう。

新聞記事の切り抜き

2021.08.25

 自宅に来ていた初孫のY(4歳7か月)が、私が新聞を読みながらカッターで記事を切り抜いているのを見て、「じいちゃん、どうして切り抜いてるの?」と聞いてきました。とっさには答えられず、社員に対して常々「仕事をするときには、その仕事の目的は何かを考えることが大事」と言っていた手前、私は「さて、なんで切り抜いているのかな?」と考えてしまいました。


 よく切り抜く記事は、富山新聞の1面のコラム「時鐘」、記者が交代で書いている「紙風船」や矢口誠(翻訳家)さんが紹介する「きょうの言葉」、そして「時鐘」の筆者の一人の小倉さんが毎週金曜日に書いている「小倉さんの時鐘30年こぼれ話」や外交ジャーナリストの手嶋龍一さん、作家・元外務省主任分析官の佐藤優さん、参院議員・作家の青山繁晴さん、政治評論家の筆坂秀世さん、私と高校同期生の昭和女子大学総長の坂東眞理子さん、国際政治学者の三浦瑠麗さんなど多彩な筆者による「北風抄」、そして日経新聞では1面のコラム「春秋」と政治、経済、国際、文化などの最新情報です。北日本新聞では毎月第4金曜日に掲載される私の長男のブログ「うれしい出会い、あれこれ」と、以前は「時鐘」や「春秋」に比べてレベルが低く読む気がしなかったのに去年から見違えるようによくなったコラム「天地人」です。


 切り抜く記事は「いい話題だな!」と思ったコラムや「きょうの言葉」、こんな文章を書きたいものだと思う、私と同い年の小倉さんの「小倉さんの時鐘30年こぼれ話」、多方面にわたる知識や見方を知ることが出来る「北風抄」、そして政治や経済、文化などの最新情報です。それらの記事は読み返すこともあるだろうと、コラムや「きょうの言葉」などの小さい記事はクリップで止めて、私の席の後ろのスチール戸棚につけているマグネットフックに引っ掛け、大きめの記事はスキャンしてパソコンにフォルダー分けして入れています。となれば、切り抜く目的は読み返して知識や感動を再現できるようにしておくということになりそうです。でも現実は読み返すことはほぼありません。そこでゆきの質問をきっかけに、少しでも記憶に定着させるよう読み返してからクリップに止めスキャンするようになりました。


 では、なぜ記事を通して知識を得ようとするのでしょうか。アイバックの小沢社長からずいぶん以前に、英語のphilosophy(フィロソフィー:哲学)は「知ること(sophy)を愛する(philo)」すなわち「よりよく生きるためには、よりよく知らなければいけない」から生まれている、また英語の知る(know)と名前(name)は方向を示す日時計の指示針gnomon(ノモン)から生まれた兄弟の言葉だと教わりました。時刻を知るには「正午」「noon」とか「4時」「four o’clock」という名前が必要だからです。名前を知らなければ、新聞も本も読めません。試験問題も意味が分からなければ合格は最初から無理です。


 「最近の若い者は」と言いたくはありませんが、若者に「本や新聞を読んでいますか」と尋ねても、ほぼ「読んでいません」の返事ですし言葉も知りません。こう言う私も、知らない言葉にいまだに出会います。先日は朝日新聞の「天声人語」で、「アフガニスタンでのタリバンによる死者が17万人を数え、うち市民の犠牲が4万人を超え無辜(むこ)の犠牲者がさらなるテロを招く」とあり、無辜という言葉を知りました。私は自宅の食卓と会社の机の引き出しに電子辞書を置いていますので、即調べたところ(「辜」は罪の意)罪のないこと、また、その人。「―の民」とありました。


 これからも、せっせと新聞記事を切り抜き、よりよく生きるための糧としていきましょう。

まど・みちおのうちゅう

2021.07.26

 7月10日の土曜日に、高志の国文学館でこの日から開催された企画展“「まど・みちおのうちゅう~「ぞうさん」の詩人からの手紙”の開会式に出席し、その後、コロナ禍のため学芸員の案内無しで会場を見て回りました。おそらく入場者の中では一番長く1時間半ちかくかけて回りましたが、学芸員の案内で回ったらこんなにゆっくりとは回れなかったことでしょう。 


 まど・みちおさんについては、「ぞうさん」「やぎさん ゆうびん」「一ねんせいになったら」などの童謡を、ほとんどの社員のみなさんは知っているか歌ったことがあると思います。私は、NHKのみんなのうたで歌われた「むかし なきむし かみさまが あさやけ みて ないて ゆうやけ みて ないて」で始まる「ドロップスの うた」がお気に入りですが、この歌もまどさんです。まどさんをさらに好きになったのが、2014年に、中部地方整備局の企画部長時代からの知り合いで当時北陸地方整備局局長だった野田さんからメールで紹介された3篇の詩のひとつにあった、まどさんの「朝がくると」でした。「朝がくると とび起きてぼくが作ったものでもない 水道で 顔をあらうと(中略)ぼくが作ったものでもない道路を ぼくが作ったものでもない学校へと ああ なんのために いまに おとなになったら ぼくだって ぼくだって なにかを 作ることが できるように なるために」と、水道、道路、学校とインフラが登場し、おとなになったら洋服、ごはん、本やノート、ランドセル、靴、そして水道、道路、学校など何かを作ることができるようになるために学校に出かけて勉強すると言っています。土木を学ぶ意味もそこに語られていると思いましたが、野田さんの注釈に、もともと(台湾では)土木技師でしたとあり、納得でした。


 会場のエントランスでの最初が「まどさんの詩のとびら」コーナーです。6枚のパネルには、開くと出てくる動物や植物の詩を抽象的に表した絵が描かれた四角や丸、三角の窓が取り付けてあり、取っ手を引いて窓を開けると動物の詩が書かれています。最初はシマウマで詩は「シマウマ 手製のおりに はいっている」でした。他の5枚も読むとニコッとしてしまいます。ぜひ観に行ってまどさんの世界で遊んでください。またこのコーナーには「まどさんからの手紙」という、詩が書かれたパネルが天井から下がっていますが、写真を撮った詩が「おじいちゃんの はげ頭」「するめ」そして「そうしき」でした。


 次のコーナー「上皇后陛下美智子さまの英訳とご朗読」では、「まど・みちおの詩を世界に送り出すー上皇后陛下美智子さまとまど・みちおー」というパネルに、美智子さまが選定し英訳された詩が、まどさんの東洋人初の国際アンデルセン賞・作家賞受賞として実を結んだと記されていて、美智子さまが英訳されたまどさんの詩「リンゴ」をご自身が日本語と英語で朗読されているビデオが上映されていました。とてもお優しい語りでした。


 企画展示室は、第1章 まど・みちおの生涯、第2章 まど・みちおの絵画(絵も描いていたとは知りませんでした)、第3まど・みちおの詩と童謡です。第1章には国際アンデルセン賞の授賞式でのビデオスピーチ、第2章には「104歳の軌跡」と「まど・みちお 詩と絵の世界」が上映されていましたがどれも興味深く観ました。


 翌日の日曜日には、まどさんの詩集を10冊以上手掛けた編集者の市河紀子氏の記念講演「まどさん、まどしてる」を聴きました。まどさんは5~9歳の間、台湾に移った家族と離れて祖父と2人で暮らしたが「独りぼっちの時間を幸せだと思った性質と運命がまどさんを形作った」という話や、担当した詩集「ぼくがここに」は、当初まどさんは「だじゃれはだれじゃ」にしようと言ったという話から、まどさんのことを少し深く知ったように思いました。


 今回、高志の国文学館で買ったまどさんの本は、分厚い「まど・みちお全詩集」や孫に読んでやるための4冊の童話など8冊ですが、新しい詩に出会うことや孫の反応が楽しみです。