FMとやまで放送中(賢者の名言)

2019.09.01

7月2日に、当社が保険契約しているAIG損害保険会社の富山支店長から、AIG損保が提供しているFMとやまの番組「賢者の名言」への出演と7月22日の収録を依頼されました。番組の内容は、先人たちが遺した古今東西の名言を、パーソナリティーの魚住りえさんが毎朝5時55分から一つずつ紹介し、その後に富山県内法人会の会員が会社と法人会のことを話すというもので、放送は9月に毎週1回、計4回の放送というものでした。

  承諾したところ、早速翌日にAIG損保の担当者からメールで2案の原稿が届きました。第1案は、「富山法人会会員、朝日建設株式会社の林です。当社は昭和15年創業。『建設事業を通じて、世の中の役に立つ』という経営理念の元、ふるさと富山の風土と向き合いながら歩んでまいりました。富山法人会では、税に関する各種セミナー等を開催しております。」で、第2案は「富山法人会会員、朝日建設株式会社の林です。1940年創業の建設業者です。2040年の100周年を見据えながら、社員一人ひとりの成長を通して日々ステップアップを目指してまいります。(以下、前掲の原稿と同じ)」で、以下の確認事項がありました。

①平仮名130文字程度となります。

②最大や、最上級の文字は使用出来ない可能性が高いです。(エビデンス必要)

③ご提出頂きました原稿はラジオ局にて【修正】を頂く事があります。ご了承ください。

④構成は、前半は会社PR、後半に法人会のPRとなります。

⑤原稿は出演の2週間前にはご提出をお願いします。

  私は、第1案は当社の経営理念の1番目を、第2案は2番目と100周年を目指すビジョンを表現しているので、両方をミックスして、中心部分の言葉を「1940年創業で今年79年目、100周年の2040年に向かって、社員一人ひとりの成長を通してステップアップし、富山の発展を目指しています。」と修正して返信したところ、7月17日に「富山法人会会員、朝日建設株式会社の林です。当社は、100周年の2040年に向かって、社員一人ひとりの成長を通してステップアップし、富山の発展を目指しています。富山法人会では、小学生を対象に租税教室を開催しております。」という、なかなか引き締まった文章に修正された最終原稿が送られてきました。

  7月22日の収録は、一度原稿を読んだ後に本番録音しましたが、録音前に読んだ時より声が固いと言われ、録音しなおしそれを聞いてOKとしました。収録を終えてから、目覚まし時刻を6時から5時54分に早め、55分からの「賢者の名言」を聞いてみましたが、知り合いの社長も何人か出演していました。会社紹介の内容は、創業年や創業の地、事業内容の紹介がほとんどで、経営に対する想いを語っている社長もいましたが抽象的に思われました。それに比べると、当社の内容は、2つの経営理念と将来への思いが短い言葉の中に込められていて、我ながら良くできていると自画自賛しています。

  私は、当社に入社した昭和50年に、当時人事考課制度では日本の第一人者であった楠田丘(くすだきゅう)先生のセミナーを受講し、「人事考課制度は、給料や賞与の査定に使うだけでなく、人材育成に使ってこそ意義がある」という言葉が強く心に残り、翌年にはコンサルタントを導入して人事考課制度を作り、平成18年からは田中久夫方式の賃金体系を導入し、平成27年には、濱岸コンサルタントによる人事考課セミナーを全社員参加で2日間にわたり開催しました。また、各種セミナーに社員を参加させてきて、平成27年から4年間にわたっては、タナベ経営による当社向けの各種セミナーをシリーズで実施してきました。しかし、給料や賞与の査定においては、AさんよりBさんが上というのは妥当であっても、AさんとBさんの格付けの差が妥当なのかどうか、目標管理に基づく査定を行っているが、目標そのものに個人差があって査定には活かせていない、半年ごとの評価は長すぎるのではないか、格付け検討会ごとにエクセルで作った大量の資料が準備されるが、その時限りの資料となっている、などの問題を感じており、社員教育においても、成果が上がっているとは思われないという現場の声を聞いていましたし、私自身も一過性に終わっている感が否めませんでした。

  そこで、これらの課題を解決するための切り札として現在取り組んでいるのが、「あしたのチーム」式評価制度です。この人事評価制度を知ったのは、昨年11月にタイトルにひかれて参加したセミナー「人事評価制度7つの新常識」でした。「あしたのチーム」という変わった名前の会社の担当者から説明を聞くうちに、私が当社の人事考課制度や社員教育で抱えている課題が解決できそうだと思い始めました。

 「あしたのチーム」式評価制度とは、ざっくりと記すなら、全社、各部門、各役職で決められた行動目標に対して、各自(被評価者)が上司(評価者)とクラウド上でやり取りしながら自分なりに具体的に落とし込み、納得の上で目標を設定し、その設定した目標に対して四半期ごとに本人と上司が達成度合いを4段階(よく出来た、出来た、出来なかった、全く出来なかった)で評価する(5段階評価の中間の「普通」は無し)というものです。この評価方式を、「あしたのチーム」は『ゼッタイ!』評価制度と呼んでいます。

  私が当社の人事考課制度に抱いていた不満が、『ゼッタイ!』評価制度ですべて解消されると直感しました。なおかつ、常々関心を抱いていたクラウドを活用でき、さらには、この「あしたのチーム」式評価制度を導入した場合には、導入後の3か月間は「あしたのチーム」がクラウドを通して、各自が目標を設定する際に「おせっかい」をやいてアドバイスをしてくれます。

  このセミナーの後、本部長会議に「あしたのチーム」の担当者を呼んで説明させました。3人の本部長からは、また新しいことを始めることに対する慎重論も出ましたが、私は、『ゼッタイ!』評価制度は社員が着実に成長できる仕組みであり、創業100周年の2040年に向かって今すぐこの仕組みを作らなければいけないとの信念から、導入を決定しました。

  課長以上を対象に、6月~8月をトライアル期間としてスタートしましたが、システムの操作方法に慣れるのに苦労したり、何度も上司である専務や私から差し戻しされたりで、8月末にようやく目標が承認された課長もいました。7月に東京で参加したセミナー「AIで経営はどう変わるのか?社長のための“AIビジネス”」で講師から聞いた言葉「現場の人は、AIに対して“導入の壁”と“定着の壁”がある」の、先ずは「導入の壁」を実感しています。今後は「定着の壁」にもぶつかると思いますが、この『ゼッタイ!』評価制度で、全社員の成長を実現します。72歳ですが、ボーっとしている暇はありません。

  なお、私の放送は毎週金曜日ですので、9月27日の最終回を聞けたら聞いてください。

8月18日

2019.08.01

8月18日の日曜日。この日は、4つの行事への参加を予定していました。

 午前7時からの、朝日建設として毎年参加している富山駅周辺での富山市ふるさと美化大作戦、9時からの、東富山運動広場での富山市勤労者ソフトボール大会の応援、午後3時半からは、北代の「あさひホーム」で夏休み特別企画「真夏のJAZZ」を聴き、さらに7時から総曲輪のジャズクラブ「FIVE SPOT」で「夏のキューバンプロジェクト IN TOYAMA VOL.4」を聴くという、午前中は屋外を移動し、午後から夜にかけてはライブ会場を移動するという、結構あわただしい予定でした。

 実は今月のこのコラム、長いと思っていたお盆休みの6日間も時間はしっかりと過ぎ、16日に「やはり会社はいいな!」と出勤したものの、コラムの提出期限が20日の午前中に迫っているという認識が薄れていました。

 コラムの題材を何にしようかと焦りだしたのは翌土曜日。「よし、過密スケジュールの明日のことを書こう!」と何とも安直に考え、タイトルも、見た人が「何の話かな?」と興味を持ってくれたらとの思惑で「8月18日」と付けました。

 ここまでが言い訳で、我ながらいい加減だと思います。この後も面白くないだろうと思った方は、ここで読むのを止めても一向に構いません。

 5時に起きて2匹の犬を1匹ずつ散歩させてから、富山市ふるさと美化大作戦に、例年通り「落書き消し隊」として営業部のN.Fさん、総務部のH.Mさんと私が富山市の男性職員2名と一緒に参加しました。当社が販売している、天然のオレンジから抽出した成分で作った落書き消し剤「オレンジ110」を使っての作業は、事前に富山市の職員が撮影した落書きされた個所の写真と地図に基づいて行いますが、先ず、初めての富山市の職員さんにN.Fさんが消し方を実演して見せた後、当社チームと富山市チームに分かれてそれぞれ十数か所の落書きを消しました。私は4か所の落書き消しをしましたが、照明柱や変圧器にスプレーで汚く殴り書きされた落書きに、「犯人はどんな人間だろうか?何を思ってこんなことをするのだろうか?酔ってのことだろうか?多分、男だろうな?」などと考えてしまいました。朝日建設の社員は、公共事業を通して社会のインフラ整備を行うことで世の中の役に立ちたいと思って仕事をしていますが、落書きする人には世の中の役に立ちたいという気持ちは微塵もないのだろう、また、「恥を知る」という言葉も知らないのだろうと思いました。

 2番目の予定はソフトボールの応援。コンビニでサンドイッチを買って車中で食べ、何とか9時にソフトボール会場に間に合ったと思ったら、当社の選手は試合をしておらず、建物の陰で休んでいるではないか。選手として出ているS.Hさんから、私の携帯にショートメールが入っていたのに気づかなかったのですが、第1試合の相手が棄権したので、第2試合からだとのこと。そのうちにT.Mさん、M.Fさん、そしてM.Mさんがやって来ました。T.MさんもM.Fさんも選手として参加したことはあったが、応援に来たのは初めてとのことで、メールでの私の応援要請が初めて功を奏したと嬉しく思いました。10時過ぎからの試合は、昨年準優勝のチームと当たり、先攻の当社はピッチャーのN.Fさんが強力打線を相手に3回裏まで0対2と好投していましたが、4回裏につかまり、ホームランや連打を浴び、エラーも出て、あれよあれよという間に8点取られ0対10でコールド負けしました。しかし、練習もほとんどせずの参加でしたので、結果はやむを得ないものでしたが、今年も、S.Hさんの4歳になる娘さんや、T.Iさんの小3の息子さんの元気な姿が見られて良かったです。

 12時に帰宅し、シャワーを浴びてすっきりしてひと眠りしてから北代のあさひホームでの「真夏のJAZZ」へ。デイサービスフロアの会場は満席のお客様で、私が案内した取引先の社長さんもご夫婦で来ておられました。JAZZライブの出演者は、富山県出身でヴォーカルとクラリネットの果奈さん、茨城県出身で、東京理科大学卒業というピアノの楠直孝さん、そして、平成15年の朝日ケアの開業時から介護スタッフとして働きながら、全国で演奏活動をしているパーカッションのヤマダベンさんです。

 第一部は、ジャズのスタンダードナンバー「A列車で行こう」から始まり、2曲目はボサノバ風にアレンジした「ハナミズキ」、そして3曲目が灰田勝彦の「鈴懸の径(すずかけのみち)」でした。この歌は私が昭和45年にサラリーマンになった時、私をかわいがってくれた営業部の先輩がスナックのカラオケで歌うのを聞いて大好きになった曲です。「友と語らん 鈴懸の径 通いなれたる 学舎の街」で始まる「鈴懸の径」は、灰田勝彦が第二次世界大戦中に歌い、戦後はジャズ・クラリネット奏者の 鈴木章治が一世を風靡した曲ですが、果奈さんがその「鈴懸の径」を歌いかつクラリネットを奏でるという、誠に贅沢な演奏でした。そのあとは「テネシーワルツ」と果奈さんのオリジナルの2曲が続きましたが、女性たちは頭でリズムをとり、男性は足でリズムをとりながら熱心に聴いていました。

 第二部は富山にちなんだ曲ということで、最初は美空ひばりが歌った「真赤な太陽」。なんで富山?と思ったら、作曲が富山市出身で『原信夫とシャープス・アンド・フラッツ』のリーダーの原信夫とのことでした。次が井上陽水の「少年時代」で、これは藤子不二雄Ⓐ原作の映画「少年時代」の主題歌を井上陽水が作曲したということでした。そしてオリジナル曲を3曲奏で、最後は皆で「故郷」を合唱しました。途中、ピアノとパーカッションそれぞれの独奏がありましたが、楠さん、ベンさんのエネルギッシュな演奏に魅了されました。

そして午後8時からは「夏のキューバンプロジェクト IN TOYAMA VOL.4」。会場の「FIVE SPOT」では夜にジャズの生演奏をやっていて、去年は渡辺貞夫(ナベサダ)のサックスを聴きましたが、美味しい昼食も食べられるので、時々出かけています。7月末に昼食に出かけたときに、カウンターにあったチラシを見つけ、お盆休みの後にキューバの音楽を聴いて、元気をつけようか!と思って1枚購入しました。チラシには「世界中旅を続けてきた3人がお届けする、一夜限りのワールドミュージックナイト。キューバ、プエルトリコ、スペイン、ブラジル、NYのサルサからポップスまで彩り豊かでダンサブルなサウンドをお届けします」とありました。

 会場の最前列の木の椅子に座っての2時間、お尻が痛くなって時々左右に腰を動かしていましたが、バイオリンとヴォーカルのSAYAKA(日本人女性)、ヴォーカルとギターのCarlos Cespendes(キューバの男性)、そしてヴォーカル・パーカッション・ダンスのGENKI(日本人男性)の3人による情熱的な、あるいはしんみりしたラテン音楽を、ウイスキーの水割りを片手に楽しみました。Carlos Cespendesさんの歌声、SAYAKAさんのバイオリンの音色は、今でも耳に残っています。途中休憩の時間に、見知らぬ男性から声をかけられましたが、富山市内のホテルのフロントにいて、私のことを知っていて声かけた、また、GENKIさんにサルサダンスを習っているとのことでした。リズム感の全くない私には、うらやましい話でした。

 ライブが終わり、長男に教えてもらって時々行っているワインバー「アルプ」に歩いて出かけ、砂肝を肴に赤ワイン2杯と白ワインを1杯飲みましたが、マスターと長男の話をしていたら、カウンターの隣の席の女性とテーブル席のお連れの女性から長男のことを知っていると話しかけられ、話が弾みました。ここでも、世の中は狭いと思わされました。

 以上、長々ととりとめのない日記風のコラムになりましたが、皆さんは、どんな8月18日でしたか?

社員旅行について考える

2019.07.01

先月の6月21日からと28日からの2班に分けて、5年ぶりに社員旅行を行いました。

 私が昭和50年に会社に入る前から、毎年社員旅行(当時は共済会旅行とか慰安旅行と言っていました)が行われていました。

 平成に入るといよいよ海外旅行となり、平成元年(1989年)の台湾を皮切りに、隔年で韓国、ハワイ、オーストラリア、マレーシア・シンガポール、タイ、中国と7回実施し、その間の年も函館や広島、軽井沢などに2泊3日の国内旅行を行っていました。何とも景気の良い時代でした。

 しかし、景気の悪化と、社員旅行が好まれなくなってきたという世間一般の風潮の中、当社でも旅行参加者が減少してきたため、お金をかけて社員旅行を行っても意味がないということで、平成13年(2001年)の中国旅行を最後に、社員旅行を取りやめました。

 ところが、平成23年(2011年)3月11日の東日本大震災がきっかけとなり、7月に10年ぶりに社員旅行を実施しました。この経緯は、2011年7月のコラムに以下のように書いています。

 5月のこのコラム「東北地方に旅しよう!」で、『5月13日の経営戦略会議の席で、「今年の経営環境は昨年よりさらに厳しく、12月決算では赤字も予測される。しかし、東北地方に同僚や家族と旅をし、温泉などでお金を落とし、被災地を自分の目で見てきた社員に対して、会社から家族も含めて経費の補助をしようと思う」と提案したら反対意見は無く、止めて久しい会社の慰安旅行を被災地にすればよいのではないかという意見も出た。』と書いた。それが10年ぶりの慰安旅行として今月の7日、8日に実現した。

 この旅行は、被災地には災害救援隊であることの腕章・ステッカーを交付されていなければ立ち入れないので、“原発問題で観光客激減!!「会津地方」震災支援ツアー”として、福島原発事故で退去を強いられた福島第2原発がある楢葉町の住民が当初180名避難していた福島県の会津芦ノ牧温泉丸峰観光ホテルに一泊するという企画でした。バス2台で出発しましたが、バスには、避難者の方々はこれから暑くなるのでTシャツが希望だと知り、120名の方々に、S30枚、M70枚、L80枚、XL20枚の合計200枚の白無地のTシャツを短時間で用意し、「衣」のほかに「食」も贈ろうと、高岡の銘菓“とこなつ”240個と、富山県と分かるだろうと清酒“立山”の1升ビン12本を積み込みました。ホテルの1室を会場にして、これらの支援物資をお配りしましたが、大人も子供も皆さん喜んでくださいました。

 この年の秋と翌年に、私自身が被災地に出かける機会がありましたが、今でもがれきの中に残った家の土台に手向けられた花や、海岸に立つと匂ってくる倒壊した水産加工場の腐った魚のにおいが思い出されますし、仙台市の深松組の社長から聞いた復興にあたった悲痛な事例発表も心に響きました。この体験から、2014年にBCP(Business Continuity Plan事業継続計画)を策定しましたが、社員にも被災地を自分の目で見て確認し、BCPを策定する意義を理解してほしいとの思いから、“貸し切りバスで行く 東北震災支援2泊3日 岩手県/「陸前高田と宮城県/「気仙沼」「南三陸町」「松島海岸」「仙台」”という5月30日からの社員旅行を計画しました。

 旅行を終えてのコラム「“東北地方を旅しよう!”報告」では、M.Mさんの「被災地の見学では涙しました。心苦しかったですが、自分の中で何か変りました。」と、M.Hさんの「最近は報道で取り上げられることが少なくなったので、(東北の物を)目にする機会が減ってしまいました。買い物時に東北の物を見かけたら、買うようにしようと思いました。」を紹介し、「今回の旅に参加した社員一人ひとりが、それぞれの感慨を抱いたことだろう」と書いています。

 この2度の東北震災支援旅行と、私が富山市建設業協会長として参加した2回の研修旅行から、今回の旅行のプランが出来ました。市協会の2016年の旅行では、首都圏外郭放水路を見学して、市民の生活を支える土木の重要性と、日本の土木技術が世界一であることを実感しました。2018年の旅行では、浅草の瓢庵にて宴会で芸者と幇間(太鼓持ち)の日本ならではの、しかしめったに見られない芸を楽しみました。

 さらに、全日空の富山便の搭乗率が悪いことがニュースで取り上げられていることもあり、往復飛行機を使おうと考えました。そこで、東北への社員旅行でも市協会の研修旅行でも、企画し添乗してもらったエヌトラベルのN社長に、私のプランを持ち掛けました。

 その結果、全日空の航空券が安くなる日程と、浅草の料亭と芸者と幇間の日程、そして浅草ビューホテルの空き室状況をすべてクリア(N社長の話)して、今回の2班に分けての“「首都圏外郭放水路」の視察研修と江戸の粋「浅草芸者・幇間」との懇親会”旅行が実現しました。

 当社の経営理念である「建設事業とその関連事業を通して世の中の役に立つ」ためには、土木のモノづくりや災害対応の現実を、全社員が知ることが大事だと考えますので、今後も行うであろう社員旅行でも、土木関連の構造物見学や災害復旧現場視察を必ず入れたいと思います。

 また、二番目の経営理念は「人は経費ではなく成長する資源」ですが、成長する機会として社員旅行を位置付けることができると思います。土木施設を観たり、日本の芸能や文化を楽しむことで成長できますが、普段は接触する機会がない人と話すことでも、視野が広がるものです。

 「理念経営」という言葉があります。企業理念を中心に置いた経営を言いますが、社員旅行も、これまでの経緯をたどりながら、最後に「なぜ社員旅行を行うのか?」という理念をベースにして考えた今回のコラムでした。